みちゃまる

悪は存在しないのみちゃまるのネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
3.9

このレビューはネタバレを含みます

陽の光が差し込み、キラキラと輝く川面。
明るくて美しい自然のはずなのに、どこか寒々しくよそ者を寄せ付けない雰囲気が漂っている。森の中には棘をもつ植物もあり、危険が伴う。慣れた者でないと歩くのは容易ではない。

主人公の巧という男は表情も変えず常に淡々と喋り、話す言葉も最低限。住民説明会でも反対を示す発言が多い中で中立的とも取れる発言をしており、本意が読めない。職業も便利屋というが、うどん屋の水汲み以外に何をしているのかが見えてこない。それでいて生活には困っていないという…なんだか不気味な存在である。意味深そうな家族写真はあれど、彼と花の過去に何があったのかは語られない。うどん屋の女性やスタッフもどこか淡々とした口調である。

一方芸能事務所から派遣されてきた2人も、実は会社の方針に後ろ向きな気持ちであることが途中のエピソードで明らかになる。しかしながら住民たちがそれを知る由もなく、地元民に取って彼ら2人は“余所者”であり、自分たちの居場所を奪うかもしれない“敵”であろう。

通り道を無くした鹿はどこへ向かうのか?巧の問に対し、高橋はどこか別の場所へ、と言うがそれほど自然は単純ではない。邪魔な余所者を排除しない限り、自分たちの居場所は守れない。それが自然と生きるということなのだ。
鹿は人を襲わないが、手負いの鹿は戦うかもしれない。でもそれもないだろうと巧は言った。それはラストの巧の行動に表れている。おそらく巧の到着時、花はすでに事切れていたと個人的には思う。花は鳥を追いかけて鹿の通り道に入ってしまったのかもしれない。鹿のテリトリーにおいて花は“余所者”であり排除の対象になる。普段であれば人を襲わない鹿が、おそらく猟銃=人の手によって負傷し、結果として花を襲ってしまったのかもしれない。そもそも、鹿ではなく他の動物なのかもしれないが。
共生してきたはずの自然が娘を奪ったことに錯乱し、あのような行動を取ったのかもしれないが、あの結末は最初から仕組まれていたことなのではないのだろうか。何と言っても巧は謎の“便利屋”だから。区長も花に「原っぱに一人で行ってはいけない」と釘を刺している。それは危険な野生動物に出会うことを想定してか、原っぱで何かが起こることを暗示している。何かしら不都合なものを消すには、人目のない環境は好都合である。都会から来た山に不慣れな人ならば遭難したことにしたり、凍った池に落としてしまうことも可能だろうし…。どこか排他的な美しい風景を見ながら、色々と考えてしまった。

果たして“悪”とは何なのだろう。
誰かの正義は誰かにとっての悪であり、誰かの悪は誰かの正義である、という言葉がある。悪と正義は表裏一体なのだと言える。
自然と共生を謳いながら、野生動物の居場所を奪い駆除する人間。自分達の生活が開発によって脅かされるようになると、途端に自然を守ろうとする人間。結局は全てが巡り巡って自分たちに還ってくるのだが。
自分達の生活、居場所を守るため皆が自分達の正義を貫いた結果があのラストなのだと思う。
みちゃまる

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