Ayax

哀れなるものたちのAyaxのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.7
ヨルゴス・ランティモスって多作ではないけど、ちょっと奇天烈な作家性というイメージがあって、そもそも私のどストライクゾーンではない。「女王陛下のお気に入り」はアートっぽい雰囲気から大衆向けにちょっと寄せられていて割と好きだった。
という前置きがあって今作はどうだったかと言うと、今まで観た彼の作品の中では、一番娯楽性が高くて観やすいのではないかなと思った。個人的にもこれまでで一番好きだと思う。
身投げした女が天才外科医によって自らの胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生するという奇想天外なストーリー。
第一印象はおしゃれ。もう超絶おしゃれ。おしゃれの密度がすごい。おしゃれの洪水。特に、美術、音楽、衣装が文句なしの素晴らしさ。芸術点が抜群に高い。そこを否定する人はいないと思う。美術は全部セットらしい。リスボンとかも。どひゃー。コンセプチュアルな配色や作り込まれたセットはギレルモ・デル・トロの「シェイプ・オブ・ウォーター」のレベルまで達してる(超えてるかも)と思うし、色使いのセンスや箱庭感はウェス・アンダーソンの世界も想起させる。そしてスーパー悪趣味キモおしゃ動物たち。音楽は序盤はぽよよーんぽわわーんという頭のネジが緩んでいるような調子の外れた音で、主人公の成長と共にしっかりしていく。いかつい袖も成長に合わせて小さくなってると言ってる人がいて、なるほどそうだったかもと思った。袖の話をしたけど、袖が異様に大きいドレスばかり着ていて面白い。生地が上質で仕立てが良さそうなのもわかる。ポスターや予告を見た時に、立派なドレスを着てるのに髪が無造作なのがちょっと不思議だなと思ってたんだけど、観て理解できた。でっかい赤ちゃんなんだ。髪は伸ばしっぱなしで、眉毛も無造作。"Who is you?"とか言ってたのも子供だから文法が間違ってるということなのかな。
スクリーンの占有率はエマ・ストーンが70%くらい。かつ難役で堂々たる主演。キャラクターが生まれたバックグラウンドは全然違うけど、『アルジャーノンに花束を』っぽい。エマ・ストーンはプロデューサーの一人でもあるのよね。ハリウッドのAリストの俳優は製作から入っていてパワフルだなあ。ブラッド・ピット、フランシス・マクドーマンド、マーゴット・ロビーとか。
撮影も広角レンズとか魚眼レンズのような面白いユニークな画が多くて印象的だった。フィルム撮影にこだわってるらしい。
裸のシーンが多く、性描写も多いけど、エロとか卑猥な感じはない。脳みそが赤ちゃんの状態で生まれ直した、無垢で純粋な主人公が新しい扉を開いていく、知と性の冒険譚だからだと思う。モザイクをかけてしまったら逆に下品な感じに見えてしまうので良かった。だけれども、気まずくなりそうな人とは観に行かない方がいいかな。
ヨルゴス・ランティモスは、この原作が気に入って、企画を10年以上温めてたらしい。「女王陛下のお気に入り」の成功で予算的に規模の大きな映画が撮れる立場になったので満を持しての作品。潤沢な予算で作られた悪趣味さとおしゃれさが炸裂してる。
今作が高く評価されるのは十分納得で、その上で、自分が好きかどうかで言うと、話はそんなに好みではないかなあ。笑いの意味もわかるけど自分のツボとはちょっと違うかな。ちゃんとオチがあって面白いけど。中盤から終盤にかけてはちょっと退屈だった。もうちょい短かったらまだ良かったかも。141分。長い。でもクセ強でその分どハマリする人はするだろうなあという感じ。この世界観と映像をずっと観ていたい、溺れていたいという気持ちもあるな。その感じはすごいわかる。とりあえず、美しいものが好きな人はみんな観に行って!逆におしゃれな映像に興味がない人や男性(中でも女性の自立にあまり興味がない人)は退屈かもしれないなー。
アカデミー賞は主要部門じゃない賞をたくさん獲りそうな気がする。主要部門だと主演女優賞はありそう。
映画館で買えるグッズはなく、パンフだけのようで、いろいろ作れそうなのにもったいない気がした。業界の事情はわからないけど、もしA24だったらめちゃくちゃかわいいグッズ作りそうだよなと思った。

〈以下、ネタバレに言及〉
ラスト、ヤギの足を付けるのかと思ったら違った。さすがにグロ過ぎるし、最初に脳の移植してるんだからまあそうか。
Ayax

Ayax