ワンコ

エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命のワンコのレビュー・感想・評価

4.0
【バチカンの囚人】

皆さんは、「バチカンの囚人」という言葉を聞いたことがあるだろうか。世界史で受験した人は記憶にあるんじゃないかと思う。

この「エドガルド・モルターラ」のオリジナルタイトル「Rapito(誘拐)」の中心人物である教皇ピウス9世が、イタリア王国の誕生によってローマが首都と定められ、イタリア政府から、ローマ・カトリックにはバチカンの領有だけ認めると通告されたことに拗ねて、ピウス9世は政府関係者を次々に破門、教皇退任後も亡くなるまでバチカンに閉じこもって院政を行ったことを指し示す皮肉を込めた言葉だ。

ただ、この作品では、同時に行われたユダヤ人少年の誘拐、改宗の強要、幽閉同然の行為が囚人と同様の扱いなんだと皮肉っているようにも思える。

ローマ・カトリックの権威の失墜は何もこの頃始まったことではない。

本格化したのは16世紀のイギリス国教会の成立と吹き荒れた宗教改革だと思う。

その後、神聖ローマ帝国からオランダやスイスが独立、産業革命による合理主義の台頭、世界初の市民革命であるフランス革命、ナポレオンの登場と、国民投票で選ばれた皇帝ナポレオンが形式的な戴冠をローマ・カトリックに命じ教会権力が市民の下に置かれたこと、第二次産業革命の進展により富国強兵が叫ばれ小国の乱立状態だった国々が同じ言語を話す民族同士で結束する必要性からドイツ帝国とイタリア王国が誕生したことが、雪崩式の権威の失墜に繋がったとのだと思う。

この作品の時代背景は、このイタリア王国の誕生した頃だ。

更に、産業革命の進展によって金融業も大きく発展し、その中心となったのがロスチャイルド家などユダヤ人だったことは、更に教会権威を大きく揺るがせることに繋がった。

(以下ネタバレ)

キリストはユダヤ人だったが、自らキリスト教を始めたという物語に依存して、ユダヤ人少年を集めて改宗させなくてはならなかったというところは、ローマ・カトリックが台頭する合理主義に対抗する術など既になく、半ば神話となった物語に頼らざるを得なかったということだろう。
それに、もしかしたら、現代でも問題になっている多くの教会関係者による少年に対する性的虐待のような性的指向がピウス9世にあったんだろうかと考えたりもする。

どのように洗脳が行われたのか、そんな一端に触れるシーンもあるし、日本の新興宗教の宗教2世の苦悩も考えてしまう。

ピウス9世が亡くなった後、協議の結果、正式にバチカン市国が誕生するのは1920年代のことだ。

しかし、ローマ・カトリックは、その後もスペイン内戦でフランコを支持したり、教会関係者の小児への性的虐待を隠蔽したりと、ローマ・カトリックの権威は揺らいだままだ。

最近では、性的指向を背景にした性転換手術に反対する意向を示したりと、同性愛を認める方向にある一方、人権について方向性を見つけられないままのようにも思える。

ヨーロッパを訪れると、カトリック教会は荘厳で美しい。
頂点に君臨するサン・ピエトロ寺院は、ミケランジェロのピエタが出迎えてくれる美の殿堂だ。
10億人と言われる信者のみならず、世界平和をリードする最大の宗教勢力として、力を発揮できるようになって欲しいと心から願うばかりだ。
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