ひこくろ

夜明けのすべてのひこくろのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.7
(すみません。かなり長いです)

とんでもなく苦しく、そしてやさしい映画だった。

藤沢さんはPMSのせいで、生理前になるとイライラを抑えられなくなる。
山添くんはパニック障害で電車に乗れないし、時々発作を起こす。
こういう心の病は、身体の病気と違い、治療法も曖昧だし、完治するのも難しい。
なにより、本人の苦しみが他人にはわからない、というつらさがある。
本人にはどうしようもできないことなのに、急に怒り出したり、震えだしたりするのを、ただの常軌を逸した行動と捉えられてしまうのだ。
つまりは、「おかしな人」で済まされてしまうのだ。

これは病を抱えた者同士でも起こってしまう。
「お互いに頑張ろう」と声をかける藤沢さんに、山添くんは「僕とあなたは違うと思います」と答える。
心の病という共通点があっても、お互いのつらさは理解しきれないのだ。

それでも、「他人に理解できない苦しみを抱えていること」はわかるから、寄り添おうという気持ちは湧く。
藤沢さんはパニック障害のことを調べ、山添くんはPMSに関する本を読み漁る。
そうして、互いに相手の助けになっていこうとする関係が、観ていてとても微笑ましいし、たまらなく温かい。

最初は気に喰わない相手に近かった二人が、徐々に距離を近づけていく。
それも、恋愛というものを通してでなく、互いを救いあえる相手として。
そうなれた時の力強さ、安心度といったらない。

映画は二人の関係性を中心に据えながら、彼らにまつわるさまざまなことも描いていく。
例えば、心の病から自死してしまった人の家族の話。
残された人間にとっては、心の病はわけがわからない。
だから、途方に暮れるしかない。
それでもわかりたいと願い、何かできないかと模索する。
その姿もまた、たまらなく温かい。

また例えば、仕事への向き合い方の話。
他人に関心がなく、コミュニケーションも下手な山添くんは、最初、元の職場に戻ることばかりを考えている。
それが、藤沢さんと出会い、関係性を築いていくことで、変化していく。
藤沢さんの病気に興味を持ったように、仕事に対しても興味を持ちはじめ、やがて職場の人たちにも関心を抱き、他人に気遣いもできるようになってくる。
仕事がだんだんと楽しくなっていき、顔が明るくなってくる。

ほかにもいろいろなことが描かれ、それを役者陣が見事な演技で演じ切って見せる。
全員が全員、本当に見事すぎる演技だった。
そして、主演の二人ももちろん最高だった。
自分でもわけがわからないまま怒りをぶつけてしまう上白石萌音の迫力。
非人間的な人物から、生き生きとした人に変わっていく松村北斗の変化。
ぶつかり合い、牽制しあっていた前半の関係性と、後半の安心しきって一緒にいられる関係性の演じ分け。
冒頭の上白石萌音の独白と、ラストの松村北斗の独白の対比。
その独白だけで映画に引き付けてくる魅力。
全編を通して、本当に素晴らしかった。

苦しくて苦しくたまらない。どうにもできない。
だけど、同じくらい優しくて温かい、いい映画だった。
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