KnightsofOdessa

Joyland(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

Joyland(原題)(2022年製作の映画)
3.0
[パキスタン、社会的/世代的移行期にある不確かな世界] 60点

サイム・サディク(Saim Sadiq)長編一作目。カンヌ映画祭公式セレクションに初めて選出されたパキスタン映画であり、ルーカス・ドン『CLOSE / クロース』を抑えてクィア・パルムを受賞した。主人公のハイダーは実家暮らしの青年。強権的な家長は車椅子で自由に身動きが取れず、家を継ぐ予定の長男には跡継ぎとなる男児が生まれない。"スペア要員"でもあるヘイダーにはムムタズという妻が"充てがわれている"が、二人の間に強固な信頼関係があるわけではなく、ヘイダーが彼女に遠慮しているような距離感を感じる。ヘイダーは失職中で、ムムタズが働いて家計を支えているのだが、長男も父親もそれを恥じていて、ヘイダーが職を得た瞬間に躊躇なく彼女を家に留め置く決断をするのに背筋が寒くなる。二人とも無料で家事遂行する便利要員としてしか見られていないのだ。本作品でも屠殺が父権制の象徴のように登場し、ヘイダーはそれを完遂できないわけだが、代わりにムムタズが完遂するのが興味深い。彼女の立場が明確に視覚化されるのだ。そんな中で、ヘイダーはエロティックダンス劇場でバックダンサーとしての仕事を得る。勿論、ムムタズ以外の家族には"劇場マネージャー"として通している。そこで彼はトランス女性のダンサー、ビバに出会う。弱者男性として家族から疎まれていたヘイダーは、似たような境遇(と彼は思っているが現実では遥かに辛い思いをしているだろう)にいながらも正面から戦っている彼女に惹かれていく。

本作品は他の多くのカミングアウトドラマとは異なり、特定の悪役や抑圧者は存在せず、社会的、世代的な移行期にある不確かな世界が描かれている。先述の父親ですら、自分が反感を持たれていて、概念的にも死ぬ運命であることを悟っているかのような描かれ方をされている。だからこそ、ヘイダーもムムタズも兄嫁ヌッチも余計に苦しいのかもしれない…のだが、そういうのは丁寧に描いてほしいとは思ってしまう。ヘイダーの弱者男性としての側面も、ムムタズの強さと弱さも、ヌッチの思惑も、ビバの自信とそれを支える過去も、全て匂わせ程度で深掘りされない。あまりにも魅力的な人物たちを、ただウロウロさせているだけに見えて本当に勿体ない。それでも、ヌッチとムムタズが夜に二人で遊園地に行くシーンはマジで素晴らしかったし、ビバの欲望を正面から捉えているのも良かった。惜しい映画だ。
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