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ナイン・マンスのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ナイン・マンス(1976年製作の映画)
4.1
 東欧であろうが日本であろうが、高度経済成長期の工場は24時間フル稼働で動き続け、工場員たちが大量に働く。川崎や四日市のような工業都市を思い出すような雪で凍てつく工業都市オーズドにある大窯工場にユリ(モノリ・リリ)はアルバイトの面接のためにやって来る。通されたのは工場の主任であるヤーノシュ(ヤン・ノヴィツキ)なのだが、彼のギラツキが半端でない。完全にロック・オン状態だ。現代の世界線では公私混同のパワハラ野郎と言えば良いだろうか。兎に角、旧ソ連体制の工場だからガッツリとノルマが課されているはずだし、職場恋愛禁止であろうが関係ない。当時はSNSもない時代だから仕事中にガッツリ誘って来るし、しまいには家までついて来る地獄。いやいやこれは大変だ、労基に相談しなきゃと思うものの彼女はヤーノシュの求愛に満更でもない素振りを見せる。そういうプレイなのかと思う。最初は拒絶しながらも徐々に惹かれ合う2人の姿がメロドラマ的だ。然しながら彼女が距離を取り違った理由の一端が明らかになると、当時の世界線では心底面倒臭いいざこざや摩擦が起こる。

 この残酷な世界に置き去りにされるユリの姿は、メーサーロシュ・マールタ監督の分身として女性たちのひたすら冬の時代を果敢に生きる。メーサーロシュ・マールタの映画に何度も登場するヤン・ノヴィツキは彼女の2人目の旦那で(1人目の旦那はハンガリーで一番有名なヤンチョー・ミクローシュだったというから二重の驚きだ)、つまり彼女は現実の旦那を自身の映画のミューズとも呼ぶべきユリの前に差し出すことで、ある種の極限的に倒錯した世界を作り出す。まぁ現代の世界線では連れ子がいる時点で怯むような男など亭主にすべきではないとわかるものの、当時のそれも男性上位的なハンガリー社会の枠の中ではユリはひたすら理不尽な境遇に晒される。それでもヤーノシュを愛しているが故に、彼女はどんな理不尽にもひたすら耐える日々を送る。耐え続ければ、いま建設中の家を手に入れ家族4人、仲睦まじく暮らすことも出来るかもしれぬ。例え地下室に在り得ぬほど異常なオカルト集団を抱えていたとしても、ヤーノシュはこちら側の味方だと過信したヒロインの仄かな希望はあっさりと裏切られる。それでも耐えて主婦をしなければならぬほど、私は落ちぶれていない。正にここでも「私は私」的な揺らぎようのない価値観がメーサーロシュ・マールタの映画を貫く。然しながらスクリーンの被膜を突き破るようなラスト・シーンには120年前の『列車の到着』以上に驚いた。その被膜を突き破るような強烈なダイナミズムは必見。
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