“生から死への旅路”
カウリスマキ監督、ヴェンダース監督に続いて小津フォロワー監督作品シリーズ第三段(勝手にシリーズ化😄)
ベキル・ビュルビュル(なんか笑っちゃうw)監督、脚本、編集によるトルコ映画
亡くなった妻を生まれた土地に埋葬したいと遺体の入った棺桶を担ぎ、祖父が孫娘と故郷をめざすロードムービー
そして二人はシリア内戦を逃れ、トルコに逃げ込んできた難民だろうということが物語が進むうちにわかってきます
シリアだけでなくアフガンやウクライナからの難民を多く受け入れているトルコ
そんな難民政策と経済政策のバランスが取れず苦戦していたエルドアン大統領が昨年再選を果たしたことも今このタイミングで本作が製作公開された背景にあるんじゃないかと
人生は死に向かう旅
ストーリーはいたってシンプルですが、二人の間に交わされる会話はほとんどなく、旅の様子が淡々と描かれます
観客は途中で出会う人達の会話やラジオから流れる言葉、時折挟まれるイメージショットから物語の行間を埋め、二人の過去をそしてなんのために旅を続けるのかを想像すると同時に、そこに自分の人生を重ねていくことに…
小津作品との共通性
フィックスカメラの多用や時折挟まれるイメージショットという形式的なものもありますが、一番感じたのは死生観
『小早川家の秋』で語られる、人は死んでも次々と新たな命が生まれるという言葉
『東京物語』で重要なアイテムの時計は人生に終わりはあるが時間は流れ続けるというメタファー
さらに同作品でのオープニングとエンディングを同じショットにするという円環構造
この作品でもオープニングとエンディングで円環構造が取られているだけでなく、砲弾の音(死)がお祝いの花火の音(生)に変わっていきます
死しても魂は再び再生するというイスラム教の死生観が、小津作品に感じられる“諸行無常”と共通することもビュルビュル監督が彼を敬愛する理由かもしれません
小津監督の墓碑に刻まれた“無”という言葉が頭をよぎります🪦
p.s.
トルコ、シリアと聞いて思い出すのは昨年起きた大地震
今回起きた能登半島地震でトルコ人の方々が積極的に被災者支援をしていただいていることに感謝を🙏