冒頭の浦辺粂子さんの清とのやりとりが心に染みる。清のために精がつく鯉を手に入れようと露天商に80銭も費やす世間知らずの坊っちゃん。清はそんな坊っちゃんが箱根の先(!)で1人で暮らしていけるか気がかりでならない。
キャストはベストといっても良い。池部良の坊っちゃんがはまり役。赤シャツが森繁久弥、野だいこが多々良純、正に適役。
後年、黒幕、悪役が多かった小沢栄(小沢栄太郎)さんが山嵐というのが嬉しい。イナゴ騒動の主犯の生徒が佐藤 允(若い!)
そして岡田茉莉子のマドンナが美しい。
うらなりとの婚約は恩義のある親が決めた事。反発するのは個人主義VS家父長制の対立でもあったのか。原作でははっきりとしないマドンナの気持ちや立場が描かれていて納得できる。
そして、赤シャツ、野だいこを退治した後、マドンナから「文学士から離れて自分の人生を探します」という手紙を受取る。
これは原作にない部分。この部分の為に原作とこの映画は全く変わってしまった。
「坊っちゃん」は江戸の没落した家の青年と会津出身の山嵐が明治政府配下のエセ知識人達に生卵をぶつけて憂さ晴らしをする負け戦さの物語。
しかし、このマドンナからの赤シャツとの決別を告げる手紙で負け戦は勝利に変わったのだ。
原作ファンにも納得のいく改変で爽やかな結末となった。
欲を言えば、坊っちゃんのナレーションを全編に付けて欲しかった。「坊っちゃん」の魅力は一人称の語りの魅力だから。「だから清の墓は小日向の養源寺にある」というナレーションを聞きたかったな。