netfilms

コール・ジェーン ー女性たちの秘密の電話ーのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.8
 弁護士の夫の共同経営だか共同参画だかわからないが、心底つまらないその会合の席の喧騒をすり抜ける様に後にした人妻がホテルの外で行われているベトナム反戦デモを目撃する。この一つの場面が予兆する全てを観客として受け止めてしまうような見事な導入部である。上流階級に嫁いだジョイ(エリザベス・バンクス)は最下層の人々の暮らしをあまりよく知らない。TVに映る光景の全ては絵空事に見える。然しながら彼女が当事者になる日はあっという間にやって来る。1968年、アメリカ・シカゴ。裕福な家の主婦として何不自由ない暮らしを送っていた主人公は、2人目の子どもの妊娠によって心臓の病気が発見される。主治医に唯一の治療は妊娠をやめることだと言われたジョイは中絶を申し出るが、中絶が法律的に許されていなかったため、地元の病院の責任者である男性全員から拒否されてしまう。今作はなぜ本人の意思で中絶が決められないかという当時の世の中の矛盾を問う。中絶が違法だった時代の世界線と言えば私の去年の年間ベスト作であるオードレイ・ディヴァンの『あのこと』や、クロード・シャブロルの『主婦マリーがしたこと』らヨーロッパ映画におけるある種の悲劇なのだが、今作はそうはならない。

 今作はこれまた同じく私の2016年のベスト1となったトッド・ヘインズの傑作『キャロル』の脚本家であるフィリス・ナジーの堂々たる監督処女作である。トッド・ヘインズの傑作『キャロル』の脚本家がオードレイ・ディヴァンの『あのこと』と同じ地平をどう料理したのか興味があったのだが、こちらはトッド・ヘインズ仕込みというか、やはり女性同士の視線の交差から素晴らしいシスターフッド的な連帯が生まれる。自分の人生において何度起きるかわからない違法な堕胎体験を経験し、失意のどん底にいる主人公が出会ったのは、ヴァージニア(シガニ―・ウィーバー)という年上の聡明な女性なのだ。ジョイとヴァージニアの邂逅は正に『キャロル』におけるルーニー・マーラとケイト・ブランシェットの出会いを彷彿とさせる。芝居の巧さは実はケイト・ブランシェットと双璧ではないかと思うシガニ―・ウィーバーをキャスティングしたフィリス・ナジーの慧眼は目を見張るものがある。ヒッピー・カルチャー待ったなしの時代に向かう一歩手前の雰囲気が女性の服装から髪型からインテリアに至るまで当時の雰囲気を再現する辺りは見事で、心なしか手術医もモッズ・カルチャーから飛び出して来たならず者に見える。今作が49年間守られてきた「ロー対ウェイド判決」へのカウンターのような2022年の目を覆う様な信じられない判決に端を発するのは明らかだろう。アメリカ中西部の14州では信じられないことに、中絶をほぼ全面的に禁止する法律が制定されてしまったという。この事実を以てしても、アメリカの分断は深刻になるばかりだ。
netfilms

netfilms