マティス

モリコーネ 映画が恋した音楽家のマティスのネタバレレビュー・内容・結末

4.5

このレビューはネタバレを含みます

 興味が尽きない作品だった。もともとエンニオ・モリコーネは稀有な映画音楽家だと思っていたが、この作品を観て新たな気づきが加わり、あらためて彼に対する畏敬の念を覚えた。


 映画を観て、音楽を担当したのは誰だろうと思ったのは「ニュー・シネマ・パラダイス」が初めてで、それはエンニオ・モリコーネだった。
 それまでもいい曲だなぁ思ってサントラを買ったりしたことはあったが、それはどこかふわっとした興味だった(ちなみに初めて買ったサントラは「ストリート・オブ・ファイア」)。
 
 「ニュー・シネマ・パラダイス」のサントラを聴いてみて感じたのは、何となくあのシーンで流れていた曲かなぁと映画のシーンのことを思い出せることだった。何を当たり前のことをと思われるかも知れないが、私には新鮮な感覚だった。それぐらい私には、楽曲とシーンがマッチしていた。
 特に「愛のテーマ」は、映写室でもうダメだと打ちのめされていたサルヴァトーレが、エレナと初めてキスするシーンと、エンディングでサルヴァトーレが試写室で、アルフレードが遺してくれたあのパラダイス座でカットされていた名画のキスシーンを集めたものを観る時にだけ流れるのだが、もともと不安定な私の心はあのシーンとメロディに激しく揺さぶられた。
 この「愛のテーマ」は、最初はクラリネット、それからフルートに続き、オーケストラ演奏でぐわーっと盛り上がる。そのエスカレートしていく感じが、映写室でサルヴァトーレが、おやっとエレナの訪れに気づいて気持ちが高まっていく様子、試写室でサルヴァトーレが、おおっ、このフィルムはあのキスシーンだ!と気づいて画面にくぎ付けになっていく気持ちの高ぶりとよくマッチしていた。
 そしてサントラを聴いて私は、画面を観た時に感じた心の強い揺れをまた追体験してしまった。それは多分、音楽の素人である私でも強く印象に残るメロディとシーンが、これ以上ないというぐらいにシンクロしていたからだと思う。もうこれはパブロフの犬状態だ。同じようになるのは、「たそがれ清兵衛」のエンディングで流れる井上陽水の「決められたリズム」ぐらいだ。

 この「モリコーネ」は、そんな音楽を作り出した音楽家の回想録だ。普通の回想録と違うのは、同時代の芸術家がモリコーネについてふんだんに語っていて、モリコーネの回想を裏付けるだけではなく、補強して、回想者の魅力にさらに気づかせてくれていることだ。

 観ていてまず驚いたのは、モリコーネが音楽家ではなく医師になりたいと思っていたということだ。それを彼の父がトランペット奏者になれと、強引に音楽の道を進ませた。今の風潮の真逆だ。その父のおかげで、我々は幸せな気持ちになれるというわけ。
 そう言えば、同じトランぺッターのマイルス・デイヴィスも、実家は歯医者か何かだったはずだ。
 
 次に分かったこと。あのような多様な音楽を作り出せたのは、まず作曲家としての基礎をしっかり学んでいたからだということ。
 基礎はやっぱり大事だよねぇ・・・、当たり前だけど冷徹な事実。私には音楽だけでなく、他の分野の芸術も無理だ。でも、あのヴァンゲリスも大好きなジャズピアニストのエロール・ガーナーも、楽譜は読めなかったと聞くし・・・。だから何?ですけど。

 それからモリコーネの幅広い交友関係。閉じこもって突き詰めていくというのもあるのかも知れないが、自分の専門外の人にも幅広く交友することで刺激を受けることは、あらためて言うまでもなく大事なことなんだろう。
 例えばジャズ。この作品で、モリコーネとジャズがかなりつながっていたことを知った。気づいたところでは、チェット・ベイカー、クインシー・ジョーンズ、パット・メセニー、エンリコ・ピエラヌンツィというジャズに関わっている人たちとの交流があった。
 先に上げたマイルス・デイヴィスは、「死刑台のエレベーター」の音楽を頼まれて、画面を観ながら即興で作曲したという話が伝わっている。ジャズではインプロヴィゼーションを重要視するが、モリコーネには合っていたのかなぁ。

 幅広い交友関係と言えば、「海の上のピアニスト」のエンディングで流れる「ロスト ボーイズ コーリング」。サントラを買って歌手とギタリストを見て驚いた。この曲は、モリコーネが作ったテーマ曲に歌詞をつけたものだが、歌詞を書いて歌っているのはピンクフロイドのロジャー・ウォーターズ。とても甘い歌声だ。ギタリストはヴァン・ヘイレンのエドワード・ヴァン・ヘイレン。この組み合わせはありえないでしょ!なんでこんなことができたの?と驚いた。私も買うまで知らなかったが、すごく得した気分になった。ロックファンで聴いたことがない方はぜひ!
 これもモリコーネが音楽担当だったからなのかなぁ。ブルース・スプリングスティーンも、モリコーネのことを熱く語っていたし。そう言えば、最近観た「シスター 夏のわかれ道」の主人公アン・ランが、何気にピンクフロイドのTシャツを着ていた。


 少し前に亡くなったと思っていたベルナルド・ベルトリッチ監督が、元気な様子で出ていたのに少し驚いたが、この作品の製作が2016年から始まったと知って納得した。
 それにしても、この作品の中であんなにモリコーネを称賛し、実際初期の頃からモリコーネと組み、「1900年」も任せたベルトリッチが、なぜ「ラストエンペラー」で坂本龍一を起用したのだろうか。結局、アカデミー賞では「ラストエンペラー」とモリコーネが担当した「アンタッチャブル」がぶつかって、「ラストエンペラー」が作曲賞を受賞している。
 ベルトリッチは、次の「シェルタリング・スカイ」も坂本に依頼している。私はたまたま「ラストエンペラー」と「シェルタリング・スカイ」のサントラを持っていてどちらも好きだが、この「モリコーネ」を観て、もし「ラストエンペラー」や「シェルタリング・スカイ」にモリコーネが関わっていたら、どんな楽曲を提供していただろうかと思った。特に「ラストエンペラー」は、これしかないというようなテーマのメロディを坂本が作ったが、それだけにモリコーネだったらどのようなメロディーを奏でただろうという興味が尽きない。

 それにモリコーネ自身がやりたかったと言っていたスタンリー・キューブリックの「時計じかけのオレンジ」。これもサントラを持っているのだが、シンセサイザーを使ったあのテーマ曲やベートーヴェンを大胆に編曲し直した曲など、キューブリックが作曲家と意見をぶつけてイメージを伝えてあれが出来上がったとしたら、モリコーネとのそれでどんな化学反応を起こしただろうと、こちらも興味が尽きない。

 ハンス・ジマーのモリコーネに対する傾倒ぶりにも驚いた。でも、よく考えてみると今やハリウッド随一の人気作曲家で、どんな作品にも合わせられるジマーが、その先駆者であるモリコーネを尊敬するのは不思議ではない。
 そうこう考えると、ドゥニ・ヴィルヌーヴが「ブレードランナー 2049」で、それまで組んでいたヨハン・ヨハンソンを途中で降ろしてハンス・ジマーにやらせた例もあるように、興行成績まですべての責任を背負う監督が、今までの人間関係だけでスタッフを決めきれないのも分かる。ベルトリッチが坂本を選んだのはそんな理由なのか。それともモリコーネが「アンタッチャブル」などの他の作品の仕事でがんじがらめになっていて、「ラストエンペラー」には関われなかったのか。
 そうなると、モリコーネとセルジオ・レオーネ、そしてジュゼッペ・トルナトーレの関係は特別だとあらためて思う。

 成功した音楽家に見えていたモリコーネが、長い間、絶対音楽(純粋音楽だったっけ?)と商業主義に乗っかっている映画音楽の「格」みたいなものに悩んでいたと知って、驚いたとともに何かホッとした。完璧に見えていても、彼もそういう面では私たちと同じようことに悩みを抱える普通の人だったんだと知った。
 
 まだ観たことがないが、「1900年」は、「ヴェルディが死んだ!」というセリフで始まるらしい。ヴェルディは、オペラ「椿姫」を作曲した音楽家だ。以前はあれほど作られていたオペラが、ワグナーやヴェルディの死後はこれと言った作品がないように感じられて(もちろん私が知らないだけだろうが)、あの作曲家たちはどこに行ったのだろうと思っていた。でも、この作品を観てよく分かった。作曲家たちは、映画の世界に飛び込んでいたんだ。盛んになっているミュージカルもそうなんだろう。
 以前はごく限られた人しか観れなかったオペラを、映画という形に変えて、多くの作品をこんなに気軽に、気に入った作品は繰り返し、自分が見たい時にいつでも観れるなんて、なんと恵まれているのだろう。それも、モリコーネのような才人が努力を惜しまず創作に打ち込んでくれたおかげだ。


 最後にちょっとおまけです。この作品を観て、私の映画音楽遍歴みたいなものをちょっとまとめてみた。


・サントラ愛聴盤5枚
  「ニュー・シネマ・パラダイス」
  「ストリート・オブ・ファイア」
  「はじまりのうた」
  「めぐりあえたら」
  「ボディーガード」
   ※枠外 「ジブリジャズ」

・好きな映画挿入歌10曲
  She エルビス・コステロ 「ノッティングヒルの恋人」
  An Affair to Remember マーニ・ニクソン(デボラ・カー) 「めぐり逢い(1957)」
  A Whole New World ピーポ・ブライソン&レジーナ・ベル 「アラジン」
  Change the World エリック・クラプトン 「フェノミナン」
  With These Hands トム・ジョーンズ 「シザーハンズ」
  MY ONE AND ONLY LOVE スティング 「リービング・ラスベガス」
  Everlasting Love ジェイミー・カラム 「ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうな私の12か月」
  One more time,One more chance 山崎まさよし 「秒速5センチメートル」  
  決められたリズム 井上陽水 「たそがれ清兵衛」
  月のしずく RUI フル 柴咲コウ 「黄泉がえり」
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