椿本力三郎

すずめの戸締まりの椿本力三郎のレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
3.9
「君の名は。」「天気の子」を通して洗練された新海誠の世界観を前提に「女子高生の自分探し」をロードムービーとして描き出す。
前2作と比較してボーイミーツガール的な要素は薄く、
主人公である女子高生の鈴芽が次々と起きる試練の「戸締り」を通し、本当の自分に気づく物語である。

冒頭でいきなり椅子に形を変えられる「閉じ師」である大学生の草太について、
そこに鈴芽の恋愛感情を織り込んでいるが
あくまでも主人公である女子高生の鈴芽は、
「恋に恋している」だけにすぎない。
むしろ草太の「閉じ師」として旅を続けている非日常的な立ち位置、教員試験受験直前の教育学部の大学生、さらに椅子という異形によって「女子高生の鈴芽」からは遠いという象徴と受け取るべきであろう。また、草太の祖父が病弱であることは、彼の家業である「閉じ師」を継がざるを得ず、これからも鈴芽にとっては永遠に「遠い存在」であることを強調する。
すなわち、その草太を救うことは、あくまでもキッカケに過ぎない。
鈴芽本人もそれを「目的」のように自分でも思い込んでいるものの、
結果としてそれは「手段」として自分のトラウマを整理し、乗り越えていく。
(この点、今敏監督の「千年女優」の主人公の女優の心証に近いものを感じた。「あの人を追いかけている私が好き」)

ロードムービーならではと言えるが、
それぞれのステージ、それぞれの地域での人との交流を経て、
鈴芽は自信を深め、強くなっていく。
その別れ際にいずれもキーパーソンと深くハグをする。
結果として草太ともハグで別れるのだが、
草太との別れにおいても、その理由は何であれハグに留まったのは、結局は草太との関係が「恋に恋する」ものであること、鈴芽にとっては草太との関係も手段に過ぎず、この作品が最初から最後まで「すずめ」の物語であることを証明しているように思った。

作中、鈴芽は私の出身地である神戸に立ち寄る。
神戸でのキーパーソンは場末のスナックのママ。新幹線の新神戸駅やスナックのある商店街はきちんとした取材が伝わるリアルさであったが、何よりもママの声を担当した伊藤沙莉の見事な神戸弁に驚いた。
神戸での「戸締り」が、このロードムービーにおいて、鈴芽の成長においても、阪神大震災から東日本大震災へ接続する意味でも、重要な転換点になるが、だからこそ丁寧に、力強く、このステージを描く必要があったのだろう。
伊藤沙莉はまた良い仕事をしたと思う。
たとえ声だけであっても伊藤沙莉の出演作にハズレなし。