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VORTEX ヴォルテックスのアー君のレビュー・感想・評価

VORTEX ヴォルテックス(2021年製作の映画)
3.9
今までのギャスパー・ノエの作品といえば、スキャンダラスで面白半分に話題性を意識した印象はあるが、今回は「サスペリア」で著名な監督であるダリオ・アルジェントを主演に使う大胆さはあったが、テーマを「老後」と「死」に主軸を置いて、台本は殆どないに等しく、即興をメインとしながらも、筋立てに無駄がない深みのあるドラマであった。

老夫婦自身に起きる出来事のキャメラを2つに分けたスプリットスクリーンを効果的に使うことで、(初期のデ・パルマがよく多用していたが。)一心同体であった夫婦のつながりが徐々に解(ほつ)れる2人の人生を技術的に分かりやすい方法で映し出していた。映像において同時進行で起きる片割れの死は病気云々もあるだろうが、人間とは所詮1人であり孤独であることを描いている。

若干欠点があるとすれば、この老老介護のテーマはTVドキュメンタリーをはじめ、かなり多く扱われている月並みな題材であるという点はある。しかしテクニックとして分断した2人のスクエアで映されるキャメラワークの設定がユニークで評価を高めている。また心臓と脳による認知症の関係よりも、客観的な疾病データからすれば、癌に罹るか認知症のどちらかである場合が多いので、夫の心臓病は個人的な感想として適切には感じなかった。

そして今回のトピックと言えるであろうダリオ・アルジェントの出演であるが、素人目にみてもベテラン俳優と見劣りしない演技力があり、キャスティングにおいて監督の確かな審美眼を持っていたことがわかる。

日本においては高齢者の中に認知症は約1割以上であり、かなりの割合を占めている。

医学の進歩により平均寿命が伸びたのは喜ばしいことではあるかも知れないが、ヒューマニズムを優先したところで、果たして万人が長寿社会を望んでいる事なのだろうか? それは上映時間の異様な長さも然りであり、監督の力量があれば短くできた筈であるが、意図的にあえて長くする事により、観ている私たちにとっては「嫌がらせ」のようでもあり、拘束された劇場で無為な苦痛を与え続け、ありがちなホラージャンルよりも不安と恐怖が重くのしかかる内容であった。

今の今に起きる死と、無駄な延命治療による数年後の死にも、さほど違いはなく死は死でしかない。私たちにとって生とは不平等でしかないが、死こそが差別のない公平に訪れる権利ではないだろうか。

パンフレットは中綴じの32ページであり、サイズは小さめでコンパクトな仕様である。表紙は光沢感のあるグロスPP加工。表1に夫役であるダリオ・アルジェント。表4に妻役のフランソワーズ・ルブランを配した構成になっている。

[シネマカリテ 10:00〜]
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