KnightsofOdessa

アミラのKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

アミラ(2021年製作の映画)
1.5
[パレスチナ人のアイデンティティ、私の父親は誰?] 30点

アカデミー国際長編映画賞ヨルダン代表作品。アミラはイスラエルの刑務所に長年収容されているパレスチナ人の父親ナワルが、看守に賄賂を渡して精子を密かに持ち出した結果、パレスチナに残る妻ワルダとの間に生まれた子供である。2012年以降、100人以上の子供がこのような手法で誕生しているらしい(アミラは明らかに高校生くらいだが)。写真屋でバイトするアミラは、スクリーンを背景に自分の写真を撮り、それをフォトショで合成して家族写真を錬成している。そのほんとんどが、イスラエルの刑務所に長年収容されている父ナワルとの"ツーショット"写真であり、"殉教者"として刑務所で戦い続ける父親を崇拝している証拠でもあった。ここからも分かる通り、彼女はお父さんっ子なのだが、一点奇妙なのは、母親の扱い方だろう。あまりにも父親が好きすぎて、"塀の向こうの英雄の妻"としてこれまでの人生で一度として触れ合ったことすらないのに貞淑な妻でいることを求められ続ける彼女の存在は、アミラを中心に戦士である親族たちからも軽んじられ続ける。ハンストが明けて久々に再開したナワルが"もう一人くらい子供いけんじゃね?"と発言するんだが、アミラは"我々のために自己犠牲までしてくれる父親のために、我々も自己犠牲するべき"という信念のもと、母親の都合をお構いなしに子供を生むことを強要する。そこに"妹が欲しいなぁ"みたいな無邪気さはほぼなく、不自由を余儀なくされる英雄の願望を叶えてあげないと!という崇拝しか見えないのが不気味。TIFFmexで観たエラン・コリリン『朝が来ますように』も同様に、イスラエルの非道さの前に自身の抱える家父長的な"家"を守る態度には無関心だったのを思い出す。

前回と同様の手順を踏んで、遂に体外受精をすることになるのだが、ここで問題が発生する。ナワルは生まれつきの不妊症だというのだ。なら私は誰の子供なのか?ワルダは固く口を閉ざしたままで、アミラは怪しげな人間を片っ端から血祭りにあげていく。ワルダと親しげに話していた担任の先生(なんと"あいつゲイっぽいから違うぞ"みたいな最低のタネ明かしまであり)、前回精子を運んだ叔父バセル、戸籍上の父親となった伯父サイードなど。そして、手術を担当した医師にたどり着いたとき、新たな事実にぶつかる。ここまでのテンポ感は非常に良く、全体としても父親誰?→父親判明とその受け入れ→その後の対応とアイデンティティのゆらぎという三部構成がスムーズに展開されいくのはディアブっぽい。

続きはネタバレになるのでこちらから↓
https://note.com/knightofodessa/n/nad00eea13326
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