こゆりこ

ミラベルと魔法だらけの家のこゆりこのネタバレレビュー・内容・結末

ミラベルと魔法だらけの家(2021年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

いつにも増して
めちゃくちゃな文章になってしまった。



いきなり結末のネタバレから。



魔法がなくてもみんな素敵だし
愛があれば乗り越えられる!!!
って結末かと思ったら、
ラストは魔法が復活。

ん??戻るんかい??いいけども??
って最初は思った。



魔法を使えない町の人たちが
「凡人のわたしたちも協力する。
もう抱え込まないでこれからは頼って!」
と、わざわざ言ってくれていて
大団円なのにも関わらず、
そこからあえて魔法を戻す。



どうしてだろう?



ここからはわたしの見解。

これってわたしたちの世界で言う
「個性」とか「得手不得手」を
表してるのかなと思った。

映画では分かりやすく「魔法」
という形で表してるけど、
わたしたちの世界では
天性で授かった才能や、
努力で得た実力で溢れてるひとが
たくさんいる。

現実の世界は、
能力に差があって当たり前だ。

平均的なひとしかいないならば
協力して当たり前。
コンプレックスや妬み、嫉みも
なくて当然だ。

でも現実は違う。

「差があるからこそ、
そんな他人を、そんな自分を
どう受け止めるの?」

そこが大事。

というメッセージとして
と、わたしは受け取った。
(個人の感想です)



例えばいま日本の小学校の運動会では
順位をつけないと聞いた。

なんならゴール前で手を繋いで
せーのでゴールするところも
あると聞いた。(真偽不明)

出来る子も出来ない子も
みんな蓋をして平等ということらしい。

いくら順位を隠したって、
出来る子、出来ない子は存在する。

(出来ない子というのは語弊があるけど、
その子自体が出来ない子という意味でなく
何かについて能力があるかないか
という意味で言ってる)

出来ないことを認め、
出来るひとを認めなければいけない。

そして出来るひとも、
誇りを持ちつつ、でもひけらかさず、
さらに世のために活かしつつ、
それで自分を見失ってはいけない。



その能力がなくたって、
他に何かしらできることはある。

何にも秀でていないからって
何もかもができないわけじゃない。

こういった「平凡も尊ぶ姿勢」。

と同時に、能力や才能は
本当に素晴らしいことだから、
持っているひとは誇りに思っていい。

思っていいことなんだから、
妬ましがられるなんてあってはいけない。

という「才能の素晴らしさ」が
両立している世界になればいい。



「差を認め合い、それを含め愛し合い、
各々が出来ることを頑張りましょう。
あ、人のための自分のための
バランスも忘れずにね。」

↑これがわたしの
 この映画を見ての感想。
 まぁわたし個人としては

「できないこともアイデンティティとして
受け入れられるようにがんばります。
出来ないことの努力は続けつつね」

という感じ。

端的にまとめる才能がないなぁ。
まぁいいけど。



あとはみんなそう思うだろうけど
画がきれい。音楽もいい。



おばあちゃんだって魔法はない。
ミラベルも魔法がない。

方法を見失っちゃうこともある。
(虐待レベルは現実NGだけど)

一生懸命やりすぎて
邪魔になっちゃうこともある。

でも2人は同じように家族を思っている。



急激に眠いのでここまで。
こゆりこ

こゆりこ