カツマ

スティルウォーターのカツマのレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
4.3
ただ目の前は寂寞の色に染まった。街から離れ、知らぬ土地で誰かを愛し、幸せになれるはずの風景があった。何が間違っていたのか?愚か者は誰?それはまるで故郷の街が束縛しているかのように、どうしようもない慟哭の声に似ていた。真実を追えば追うほど、幸せな結末は遥か遠くの空へと旅立ってしまうようだった。

本作は『スポットライト』でアカデミー賞作品賞を獲得したトム・マッカーシー監督が送る重厚な人間ドラマである。異国の地を舞台に、娘の無実を晴らそうと奔走する父親の物語、かと思いきや、そうシンプルな話ではなく・・という点があらすじの予想を通り越す深みを有している。主演にはマット・デイモン。それぞれのキャラクターの深掘りとリアリティが素晴らしく、鈍足の歩みが最後には切ない余韻へと変わっていく物語。タイトルが故郷の名前であったことにも意味を見出せる作品だった。

〜あらすじ〜

オクラホマ州スティルウォーターで暮らすビル・ベイカーは、フランスのマルセイユに留学している娘のことでとある心配事を抱えていた。娘のアリソンは同居人を殺害した罪で有罪判決を受け収監されており、スティルウォーターに帰ってくることができない身。ビルは娘に会うためにマルセイユの刑務所に会いに行くしかなかった。
アリソンはすでに5年間の刑務所生活を送り、まだ4年も刑期が残っている。そこでビルはアメリカからフランスへとアリソンと面会するために飛び、マルセイユの地に降り立った。
アリソンとの再会を喜ぶビル。だが、そこでアリソンはビルに弁護士宛のフランス語のメモを手渡してきた。フランス語を解読できないビルにはその内容は分からなかったが、弁護士に見せてもその反応は全く芳しくなかった。そこでビルは、宿泊しているホテルの隣人のフランス人女性ヴィルジニーにメモの解読を頼むことに。そこにはアリソンは実は殺人をしておらず、犯人は他にいる、という内容の記述があり・・。

〜見どころと感想〜

非常に重厚で重苦しい物語である。表面上はサスペンスのようであるが、主題はもっと生々しくて、人間の性(さが)を抉り出すような現実感が淡々と辛辣さを強めていく。展開は遅く、上映時間も120分以上。しかも、後半はそうなってほしくはない展開へと転がろうとするため、観ていてヒヤヒヤすることは請け合いだろう。それでもそこに描かれているのは、親子の間の切っても切り離せない運命的な末路。ハッピーエンドなのかどうか判断するのは、非常に難しい作品であるように思えた。

今作の魅力は主演のマット・デイモンの演技に依るところがかなり大きい。決して魅力的な人間ではなく、頭が良いわけでもなく、立派な父親でもない。そんな所謂普通なダメ人間を誇張しない演技で見事に演じてみせた。娘のアリソン役には子役時代から活躍してきたアビゲイル・ブレスリンを抜擢。気の強そうな、それでいてこの親にこの子供ありと思わせる、性格の淵の表現方法が非常に上手い演じ分けだった。他にもヴィルジニー役のカミーユ・コッタンは、物語に幅を持たせる重要な役どころ。彼女のセリフの中にはマルセイユという街を定義するような言葉を多く残していた。

今作は2007年にイタリアのペルージャで起こったペルージャ英国人留学生殺人事件を元にしていると揶揄されており、当事者のアマンダ・ノックスからも強い批判があがっている。もし、今作に題材があるとすれば、なるほど確かにこのリアリティにも納得できる。ただ、あくまで本作は父親目線の物語。主人公は父親の方であり、娘はあくまで脇役である。だからこそ、あのラストが響いてきて仕方がないわけで、戻れない過去に想いを寄せずにはいられない。幸せの尊さと儚さをしみじみと感じさせるような作品だった。

〜あとがき〜

これは、、本当に重い人間ドラマでしたね。特に後半はなかなかの辛さで、何故、人間は過ちを犯してしまうのか、という点を考えさせられるような作品でした。

マット・デイモンの演技も素晴らしい。少しダメな普通の人、を演じるのは相当な年輪を要すると思いますし、彼のキャリアの中でもトップクラスの名演だったと思います。上映時間も長いので忍耐は要する作品ですが、奥深い映画体験ができるという意味でオススメな一本ですね。
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