カツマ

すずめの戸締まりのカツマのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
4.5
星空が記憶の果てでリンクした。それはきっと哀しみに満ちた想い出。忘れたくない気持ちと共にそこにある。大陸を遡り、見知らぬ土地で新しい誰かと出会い、記憶の残滓を追いかけながら、彼女は気持ちのどこかの戸を閉める。それは命のように儚くて、未来のような強さを持った。辿り着いた先に誰が待つのか、どこかで分かっていたような物語。

『君の名は』以降、ビッグな興行収入をあげ続ける新海誠監督の目下の最新作は、現在日本を脅かす震災へとダイレクトにスポットを当てた意欲作として世に出ることとなった。これまでの作品同様に美しい日本の原風景を描きつつ、今作ではこれまで以上に現代的なメッセージを内包しており、新海誠という監督の作家性が一気に推し進められた一本と呼べそうである。それだけにテーマはデリケートで、未曾有の災害をより近くで体験してしまった人には重すぎる作品でもあった。

〜あらすじ〜

宮崎県のと海の見える街に叔母と共に暮らしている高校生の岩戸鈴芽は、ある日の登校の途中、見知らぬ男性から廃墟の場所を尋ねられる。鈴芽はその謎めいた男性に不思議な魅力を感じながらも、山奥にある廃墟の場所を教え、友人と合流し、いつもの通りに登校していた。
だが、学校の窓から見えた不可思議な景色が彼女のありふれた一日を旅のスタート地点へと一変させる。窓から見えた景色は山奥から伸びる紫色の太い太いミミズのような管。そこが男性に教えた廃墟の場所と一致していたことから、気付けば鈴芽は廃墟へと大急ぎで駆け出していた。廃墟にあったのは一つの扉。開けてみると、星空のような景色が見えるだけで、扉の中に入ることはできない。その扉の先の水辺に沈んでいた石を持ち上げると、突然、扉が開き、紫色の管が次々と伸びてくるではないか。そこへあの謎の男性が現れ、鈴芽は男性と共にその扉を閉めることになり・・。

〜見どころと感想〜

今作は、新海誠監督が映像作家として一皮剥けたことを予感させるような非常にメッセージ性の強い作品である。テーマは未曾有の震災とそれによって人生が変わってしまった人たちの心にどう向き合うのか。そして、そこに住んでいた人たちが確かにいたのだ、ということを刻み付けたいという魂の絵筆でもあった。未来にどんなことが起こってしまうのかは分からない。それだけにこの映画は他人事では済まされないテーマとして響いてきた。

そして、今作はキャストのほとんどが声優ではなく俳優が声を担当している。にも関わらず、演技に違和感がなく、長く没入感をキープさせてくれる。主演の原菜乃華は新海作品の透明感を見事に表現してくれているし、演技派の深津絵里はやはり声でも素晴らしい演技を見せてくれる。そして、特に大きな驚きだったのはSixSTONESの松村北斗の声の良さ、キャラクターへのフィット感であった。彼は俳優としても活動しているが、まだ演技を見たことがなかったので是非とも見てみたい。実際の演技も素晴らしいだろうと思わせるくらいには見事な声優としてのお仕事であった。

今作には所謂、神様、が登場する。主人公の名前も古来の神からモチーフを得ているそうで、岩戸という名字も宮崎県の神話から着想を得ているようである。実際、高千穂エリアには天岩戸神社があるし、宮崎県から物語をスタートさせることには監督の拘りや、超自然的な要素を盛り込みたいという意思も感じる。神様が現れる場所に急に人が集まったりなど、細かい部分にその香りは残されており、ちょっとした捻りを探索するのも楽しいだろう。

終わってみると、自然と涙が溢れていたけれど、これまでの新海作品とは涙の種類は異なっていた。そこに大きく付加された要素は、哀しみ、である。その哀しみが今作を現実的な物語として機能させたし、また、未来への光の道筋をより強く輝かせてくれているようでもあった。

〜あとがき〜

個人的には新海誠監督作品の中でも特に素晴らしいと思えた作品で、シリアスな話題をエンタメとしてもメッセージ性の高い作品としても昇華してきたことに素直に驚きました。震災をテーマにするとどうしても重くなりがちですが、爽やかな余韻が救済のように響く作品でしたね。

プライベートでは第二子が誕生して2か月が経ち、上の子が保育園に登園し始めたおかげで、また映画のレビューを再開することができました。映画館で映画を観られるのはいつになるかな?という感じですが、まだしばらくは配信で映画を追い続けていきたいと思っています。
カツマ

カツマ