ぽん

林檎とポラロイドのぽんのネタバレレビュー・内容・結末

林檎とポラロイド(2020年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

突然、記憶喪失になる奇病が流行って、記憶を失った人々が新しい人生をやり直すプログラムに参加するという話。冗談みたいで寓話的な語り方がなんとなくヨルゴス・ランティモスに似てるかも・・・と思ったら、どちらもギリシャの監督さんでした。ほほぅ。(特にギリシャに関して開陳できるウンチクはないです!)

主人公はよくリンゴを食べる。エデンの園でヒトが自我に目覚めた禁断の木の実ですね。生きる知恵を蓄えてる感じがする。でも、八百屋さんで「リンゴは記憶力の低下を予防する」なんてしたり顔で言われちゃうと、途端に食べる気を失う。自分が好きな物でも人から強制される感じがあると、気が削がれるっていうのはある。自由意志で選んだと思った行動が、何かに操られていたと知ると幻滅する訳で。同じ記憶喪失の女性とイイ感じになったことが、実は彼女が誘ってきたのはプログラムで指示されていたからって分かってガッカリする主人公。とにかくこの「新しい自分プログラム」っていうのが、自己を形成するためには他人を利用しまくれっていう鬼畜の所業で、それに素直に従って行動している患者たちの姿が、どこか滑稽で哀れなんですよね。みんなしてカメラで写真撮って・・・って、これはやっぱりSNS時代の皮肉かなぁ。
私たちも、愉しいから、好きだから、やってみたいから、って自由意志で行動しているかのようでいて、実はインフルエンサーだのメディアの宣伝だの、周りで流行ってるから、みんながやってるからって、「何か」に動かされてるのかもしれない。そしてせっせと証拠の写真を撮る。体験そのものより、行動した自分を誰かに承認してもらうことが大事なのだ。

冒頭でひどく苦しんでいる様子の主人公の描写があって、その後、彼はこの奇病にかかってしまう。耐えがたい苦痛がその記憶を自分自身から切り離してしまう、解離性同一性障害みたいなものかなぁとも思える。そして、そんな症状を抱えた人々が増え続けているのが本作の世界なのだ。いや、人生リセットしてしまいたいぐらいに生きづらさを抱えてる人は、現実に、リアルに、いますよ、きっと。

横幅の狭いスクリーンも「今、ココ」感を際立たせているように見えた。過去から続いてきた時間の流れが遮断されてる感じ。でも、一つひとつ、一歩一歩、今を重ねていけばいいんですよね。たとえ過去の記憶を取り戻せたとしても、それが幸せなのかどうかも分からない・・・。

ただ、生きていくしかない。
そして、リンゴを食む。
そういう映画。
ぽん

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