荒澤龍

林檎とポラロイドの荒澤龍のネタバレレビュー・内容・結末

林檎とポラロイド(2020年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

・すべてを語らない美しい映画だった。
・他の人のレビューを見て記憶を失っていない説があり、なるほど!と思った。全く違う視点で観ていて気が付かなかったのでもう一度観たい。

・以下は自分の考察で解釈の余地は広そうであるが、テーマは「新型コロナウイルスと美化される過去」であると思った。

・林檎=綺麗な過去の思い出、主人公が過去の記憶を取り戻すことに固執している様を林檎に齧りつく描写で表している。店で綺麗な林檎を選別しているのは綺麗な過去だけを観たいという気持ちで、林檎をカットするのはそれが失われていることの暗示。新しいプログラムを進め過去と決別し、新しい自分になることを受け入れる。ここで林檎からオレンジに切り替わる。このあたりの描き方が上手い。
しかし、過激になる課題と人の死に触れ、また林檎を齧るシーンでエンディングを迎える。最後の墓は彼女のものだろう。こうして人間は美しかった過去に齧りついて生きていくのだろう。

・なぜ記憶喪失が蔓延しているのか、何かの比喩か。はじめは認知症説を考えたが、数の概念が狂うなど認知症の症状としては辻褄が合わない部分がある。「記憶喪失」ではなく「世界的蔓延」に焦点を当てると新型コロナウイルスの蔓延に思い至る。
・世界規模の蔓延と手探りの対策、新しい生活様式などに置き換えが可能そう。コロナ前後を比較して「林檎に齧りつく」行為は自分にも思い当たる節がある。

・記憶喪失する奇病が蔓延する世界線。
記憶を取り戻した人がいないという未知の病に対して、元の自分の記憶を手繰り寄せるのではなく、新しい自分を再構築するという発想が斬新。
・課題は生活の練習をすることとポラロイドで写真に収めること。ポラロイドは課題の進捗を確認する方法にすぎないが、ポラロイドカメラを持つことで記憶喪失者がお互いを確認することができる。彼女との出会いのキッカケにもなっている。
・身元不明の人物には、探すより再構築した方が社会的にコストが安く、医療機関の潤沢な資金源を考えると、この病は世界規模で流行っており、新しい治療法の開発が急務であり、国をかけたプログラムであることが考えられる。突飛な設定の中にこうした現実的な設定が背景に見えることで世界観に入り込むことができた。

・急務であることとプログラムが実験段階であることから、プログラムの進行に伴い、より強い刺激を与える課題となっていき、暗雲が漂い始める。このあたりの主人公の静かな怒りや葛藤の描き方が上手い。
荒澤龍

荒澤龍