マティス

いつかの君にもわかることのマティスのネタバレレビュー・内容・結末

いつかの君にもわかること(2020年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

 余命がわずかとなったシングルファーザーのジョンが、残されてしまう4歳の一人息子、マイケルのために里親を探す物語。実話だそうだ。

 どこまでが実話で、どこが脚色された部分なのだろうか。あまりのジョンのおかれた状況の過酷さに、そんなことも考えた。これではあまりにも可哀そうすぎる。できればほとんどが演出だったら良いのに、そう思わないと観ていられない。でも、そんな私の気持ちとは裏腹に、画面のジョンは淡々としている。自分の運命を丸ごと受け止めて、いたずらに嘆くこともしない。パゾリーニ監督が敢えて抑えた演出をしたのだと思うが、最近よく見るこれ見よがしの押しつけがましい演出よりも、かえってジョンの切実感を感じた。

 抑えた演出と言うことでは、いろいろなタイプの里親候補にジョンとマイケルは会うのだが、会った後の印象をジョンが語ったりしないのにも感心した。語らないことで、観客自身がジョンになって、マイケルの里親に彼らがふさわしいかどうかを考える余地を残している。
 里親を探すというストーリーは「ベイビー・ブローカー」も同じだったが、あのわざとらしくありふれた演出よりも、このテーマを観客に考えさせるには、数段好ましい演出だと感じた。
 ジョンは、「ベイビー・ブローカー」で選ばれたような里親を選ばなかった。

 ジョンの34歳の誕生日に、二人でケーキを作るシーンには泣けた。立てるろうそくを選ぶのに、マイケルが赤色のろうそくばかりを選ぶ。命の確かさを感じさせるから赤を選ぶのかなぁ、なんて思いながら観ていたら、立てられることがない35本目の赤いろうそくを、マイケルからジョンが預かって、後でそれを死期を悟ったジョンがマイケルに託す「思い出ボックス」の中にそっと入れるシーンにつながっていった。
 ボックスの中には写真などとともに、たくさんの手紙が入っている。それぞれ「免許を取った時に開けるように」などと書かれている。どちらかと言うと寡黙なジョンがあんなにたくさんの手紙を書いたんだ!きつくて大変だったろうに、思いをいっぱい込めたんだろうな、なんて思うだけでもじんわり来るのに、そのたくさんの封筒の色が赤!細やかな演出に涙が溢れそうになった。

 家族がいるのに、自分の人生が残りわずかなことを悟った人を描いた作品では「死ぬまでにしたい10のこと」という作品もあった。あの作品は、主人公アンがそれまでやり残していたことや、やりたかったことを一つずつ叶えていくことに焦点が当たっていた。でもこの作品では、ジョンの関心はひたすらマイケルのことだけだ。そんな最期の過ごし方を自分はできるのだろうか、そんなことを考えさせられた。

 きっとジョンはもっとマイケルと一緒に過ごしたかっただろう。でも最後までやりきったジョンは満足感の中で死を迎えたのではないだろうか。私が可哀そう過ぎると思ったのは、余計なことだったのかも知れない。



 観られた方にお尋ねしたいことがあります。
 作品名は「いつかの君にもわかること」です。私はてっきり「いつか君にもわかること」だと思って観ていて、観終わった後に正しい作品名に気づきました。
 「いつかの君~」は過去を振り返り、ある特定の時点を指しますし、「いつか君~」は、将来の時点を指し、意味合いがぜんぜん違ってきます。
 配給会社が強調したかったこの作品での特定の時点は、どれを指すのでしょうか?
 今、私が思うのは、ラストシーンで、ジョンがマイケルをあの独身の女性の部屋へ連れて行ってドアを開けます。そこで、マイケルがジョンを見上げて左目に涙をためているところでこの作品は終わるのですが、「いつかの君~」はあの時のことを指しているのかなぁということです。どうなんでしょうね。
マティス

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