ひこくろ

画家と泥棒のひこくろのレビュー・感想・評価

画家と泥棒(2020年製作の映画)
4.4
芸術の意味を考えさせらる、とても奇妙なドキュメンタリー映画だった。

絵を盗まれた画家が、盗んだ泥棒に絵のモデルになってほしいと頼む。
という話自体がまず、とても不可解というか、不思議。
しかも、映画の撮り方がその不思議さに輪をかける。

ドキュメンタリー映画にも関わらず、この映画では撮り手の意図がまったく見えない。
まるで、黒子のように完全に姿を消し、ある意味、神の視点で撮られるドキュメンタリーは、観ていて不思議な気持ちにさせられる。

画家のバルボラは好奇心の塊のような女性で、絵を盗まれたことよりも、犯人のベルティルに興味を抱く。
計算とかなく、純粋な気持ちでだ。
やがて、この好奇心こそが、彼女の絵を描く原動力だとわかってくる。
好奇心とは、対象を理解したいという欲求にほかならず、それは相手をまるごと受け入れることでもある。
すべてを受け止めて、彼女は絵に感じたものを表現していく。

だから、彼女の絵を見たベルティルは、絵の中に自分を感じ、思わず涙を流してしまう。
彼女が自分をちゃんと見て、ちゃんと理解してくれたことに、彼は救いを感じるのだ。

絵を描くことは、自己表現というよりも、世界を理解しようとすることに近いのだろう。
そして、理解する側も、理解される側も、影響を受けずにはいられないのだろう。
ベルティルは自分を省みて、やり直して生きようと努力をはじめる。
彼は弱いから、簡単にはいかないが、それでも少しずつ変化は起こる。
一方のバルボラは、対するかのように心を病んでいく。
それでも、彼女は絵を描くことをやめられない。

恋愛とも友情とも違う、画家とモデルという関係性は、どこまでも深い絆だ。
ラストカットは、それをまざまざと感じさせる。

絵画の世界の奥深さに足を一歩踏み込んだような思いがした。
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