ニコチンロイド

ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバーのニコチンロイドのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

※2022年11月21日追記

 あれからずっとこの映画の事を考えていたのだが、この映画が内包している居心地の悪さやすわりの悪さというのは結局のところ、「チャドウィック=ティチャラ」を喪失したというその一点から来ているもので、だからこそその苦しさや悲しさがこの映画に影を落としているのであれば、それはむしろあの偉大な存在を現実でも作中でも亡くしてしまったということ、そしてそれがもたらした影響を丁寧に描いているということではないか?という考えに至った。
 人の死に際して、準備が出来ている人などいない。それでもその人のあとを誰かが引き継いでいかなければならない。その誰かにその覚悟や準備が出来ているかなど、死には関係ないのだから。
 であるならば、それはシュリにとってもラモンダにとっても、ワカンダという国にとっても同じことだ。
 そして、そこのところを理解してあげる事が出来なかった自分も、結局いまだにチャドウィックの早逝を受け入れられていないだけだったのかもしれない、と。


 あまりにも大きすぎる喪失とどう向き合ったら良いのか、製作陣の混乱と痛みと悲しみと苦しみが伝わってくるような映画。

 ただ、うーん、物足りないよー!って部分も多く。例えばシュリとネイモアとの関係性。前作のティチャラとキルモンガーがそうだったように、シュリとネイモアは鏡写しの存在だ。しかし王としての責任感、民を守るもの、という部分においてシュリは結局のところ極めて未熟で。

 そうなるとどうしてもネイモアの気持ちがわかるだけに、ラモンダが息子を失ったばかりであるということなど心情的には(シビルウォーの時のティチャラと同じ状況にシュリが置かれるということも含めて)理解出来るのだけれども引いて見ると「いやワカンダちょっと…どうなん?」と思ってしまう部分が。そういう状態で叫ばれる「ワカンダ・フォーエバー!」も、誤ったプロパガンダのように響いてしまってなんだかすごくゲンナリしてしまいました。

 「世界を焼き尽くしてやりたい」というシュリの気持ちに呼応して現れたキルモンガーも、結局のところシュリの中にあるやり場のない怒りや悲しみ、フラストレーションの擬人化であるのはわかるのだけれど、なんかこう…もう少し対話があってもよかったんじゃないすかね。和解とまでは言わなくとも。

 あとアイアンハート、「MCUにおけるこのキャラクターはトニー・スタークとは関係ないですよ」と無理やり原作での要素を拭い去った結果、「えっと、なんで彼女をここでデビューさせる必要があったんですかね?」という感じになってしまって、ハッキリ言って浮いている。必要でしたか?もっと別な形でのデビューのさせ方もあったのでは?

 「アイアンマンの後継者」という彼女のキャラクター性はMCUではピーター・パーカーに回したから、かもしれないけれど、アーマースーツを一から作る天才科学者というアイデンティティを持ちながらアイアンマンに言及しないのは一周回って不自然だと感じました。

 ロスの雑な扱いといい、なんかこう全体的に勿体なくて残念です。

 なんかすげーボロクソになってしまったんですが、総じてネイモア周りの描かれ方は凄く好きです。初登場がホラーすぎるところとか。正直「海パンマン」くらいのイメージしか持ち合わせて無かったんですが、彼自身が長命であることによる重々しさやその出生とコンキスタドールを重ねる事で彼らもまた白人世界によって搾取されてきた人々であるというバックボーン、そしてそれに対する苛烈さ。足首の羽はやっぱり若干シュールでしたがそれはそれとしてめちゃめちゃ良いキャラだなと。