おおこうち

人間失格 太宰治と3人の女たちのおおこうちのレビュー・感想・評価

4.0
 私はいつYouTubeで動画を見ただろうか。アーティストのMV、YouTuberと呼ばれるクリエイターの作成した動画コンテンツ。これらの全ては彼らの人生を懸けた、否、賭けた物である。人は自らの寿命を擦り減らし、擦り潰し、擦り切り、自らの生き様を残す。
 フランスの劇作家であるサミュル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』の中では二人の浮浪者、ウラディミールとエスドラゴンがひたすらゴドーを待つという話がある。題名の英訳版では『Waiting fo Godot』である。劇中ではゴドーがなにであるかは具体的には示されていないが、この映画で示すとするならば、太宰や坂口安吾のいう「傑作」であろう。ポッツォとその従者ラッキー。ポッツォはラッキーの首にロープをかけており、今から市場に売り飛ばすのだと二人に言う。二人は当然のことのようにそのことを真顔で聞く。ポッツォとラッキーが去った後、ゴドーの使者は「ゴドーは明日来る」と二人に言う。二人は納得した顔でまた明日、明後日、一年、10年とゴドーを待つ。第二幕では待っても待ってもゴドーは来ないので二人は自殺を試みるも失敗。
 凡人は老後まで健やかに生き、老衰で死ぬことを美徳とする。それが常識。
 天才、否、「傑作」が来ることをひたすら待ち続けた太宰にとって『人間失格』はまさしくそれであり、それが来たから死ぬ。そして死ぬことに成功する。それがおかしなことだと思うものには老衰したとしてもゴドーは見えないだろう。
 蜷川実花さんの色彩表現とBGMはとても素晴らしい。白い花と死の美しさ。これがまさに「息を飲む」ということなのだと常々思わせる。素晴らしい。
 
 
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