逃げるし恥だし役立たず

ウィンストン・チャーチル /ヒトラーから世界を救った男の逃げるし恥だし役立たずのレビュー・感想・評価

3.5
第二次世界大戦下のヨーロッパを舞台に、苦渋の選択を迫られるウィンストン・チャーチルの英国首相就任からダンケルクの戦いまでの二十七日を描いた歴史ドラマ。第九十回アカデミー賞で二部門、ゲイリー・オールドマンに対する主演男優賞とメイク・ヘアスタイリング賞を受賞。 
第二次世界大戦勃発後、ナチスドイツの勢いは止まる事を知らず、フランスの陥落も近いと噂される中、英国にもドイツ軍侵攻の危機が迫っていた。連合軍が北フランスの港町ダンケルクの浜辺で窮地に陥る中、英国首相に就任したばかりのウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)の手にヨーロッパ中の運命が委ねられる事になる。彼のドイツに徹底抗戦する姿勢から、一部の閣僚と対立して、ヒトラーとの和平か徹底抗戦かと云う究極の選択を迫られるが…
邦題と副題からウィンストン・チャーチルの人物を描いた物語と捉えてしまうが、原題は『Darkest Hour(=暗黒の一時?)』であり、ウィンストン・チャーチルを通して、かつて大英帝国が経験した「闇の時間」を描いた映画として観るべきであろう。
始めから結末が分っている物語だけに、全ては俳優達の演技に掛かかる事は必然で、やはり特殊メイクによりウィンストン・チャーチルを見事に演じる名優ゲイリー・オールドマンの至芸こそが最上の愉しみ処だろう。政治家として四面楚歌の中で葛藤しながら、困難に立ち向かう勇姿や議会やラジオでの大熱弁に、私生活では葉巻燻らせてブランデーを傾ける一人の男の素顔を表現したゲイリー・オールドマンの目線や所作や弁舌は見事の一言に尽きる。チェンバレン元首相(ロナルド・ピックアップ)やハリファックス子爵(スティーヴン・ディレイン)、国王ジョージ六世(ベン・メンデルソーン)との攻防戦や言葉の応酬といった政治ドラマも面白く、重苦しい空間に華を添える秘書兼タイピストのエリザベス・レイトン(リリー・ジェームズ)、何気ないユーモアで和ませる妻のクレメンティーン・チャーチル(クリスティン・スコット・トーマス)の存在も大きい。此の演技のジャムセッションで、結果今まで主人公となり得なかったウィンストン・チャーチルの尊大で偏屈なだけのイメージを崩す事に成功している。
ウィンストン・チャーチルの波乱に満ちた人生を描いた映画を観てみたい気もするが、偉大な自由主義の指導者も、現実主義者で戦争屋、帝国主義的な人種差別主義者など賛否両論で評価が分かれる上、概ねスクリーンに収まりきらない大きな規模の壮大なドラマになるだろう。故に、映画では彼の人生のハイライトに絞っており、全体的にストーリーを追い過ぎた感もあったが、歴史的事実の相違は脇に置いても、初めて乗る地下鉄での国民との対話の場面など、ラストに向けた盛り上がりも悪くない。アップショットに俯瞰や鳥瞰のロングショット、タイプライターの打刻音、宮殿の静寂や議会の喧騒や、其々の音と光の使い方など、ジョー・ライトの編集と演出の妙により、誠実さと娯楽性の狭間で、本作品は十分娯楽として成立している。
此の題材なら映画の尺を長くして、バトル・オブ・ブリテンで右往左往、大戦後に国民に見放されて意気消沈、「鉄のカーテン」の演説で気炎万丈するゲイリー・オールドマンの演技なんかも観てみたい気もするが…