逃げるし恥だし役立たず

男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼けの逃げるし恥だし役立たずのレビュー・感想・評価

4.0
風変りな日本画壇の大御所の老人とチャーミングな芸者を相手に義理人情に篤い車寅次郎が奮闘する、芸者に惚れた寅次郎の恋と老画家との交流を描いたヒューマン・コメディ。人情喜劇『男はつらいよ』シリーズ第十七作目。
甥の小学校入学を祝おうとテキヤの車寅次郎(渥美清)は故郷・柴又の「とらや」に帰って来るが、妹の諏訪さくら(倍賞千恵子)の何気ない一言で、ヘソを曲げて酒を飲みに出掛けてしまう。上野の飲み屋で知り合った無一文だが図々しい老人を気の毒に思い「とらや」に泊めた為、「とらや」の面々と車寅次郎は気まずい雰囲気になるが、実は老人は、日本画の大家・池ノ内青観(宇野重吉)だった。世話になったお礼として青観が描いた絵をめぐり、「とらや」では大騒動が巻き起こり、車寅次郎は再び旅に出る事になる。ところが兵庫県龍野で、車寅次郎は池ノ内青観と再会、龍野市市長(久米明)の接待を受け、芸者ぼたん(太地喜和子)と意気投合する。暫くして、芸者ぼたんが客だった実業家・鬼頭(佐野浅夫)に貸した二百万円を踏み倒されそうになり上京するが、あまりにも理不尽な事態に、憤慨した車寅次郎は…
「赤とんぼ」を作詞した三木露風の出生地である兵庫県龍野市(後のたつの市の一部)を舞台に、寅次郎と日本画檀を代表する画家との友情を描いた「寅さんとインテリ」のバージョンで、本作が公開された同じ年にロッキード事件があった影響なのか、社会派風の物語の展開にお金の価値の大切さと難しさを描いた、シリーズ第十七作目である。第三十一回毎日映画コンクール日本映画優秀賞、キネマ旬報BEST10第二位(シリーズ全作品中、最高順位)を受賞しており、シリーズ屈指の痛快作に仕上がっている。
『ジョーズ(1975年)』をパロディ化した冒頭のシリーズ名物"寅次郎の夢話"も面白く、話のテンポが軽快でとても観易く、シンプルだが、実に良く練られた色濃い内容は、正に脚本の妙味である。下條正巳(車竜造 役)や三崎千恵子(車つね 役)や倍賞千恵子(諏訪さくら 役)など安定のレギュラー陣に加えて、接待要員の桜井センリと寺尾聰の存在や、宇野重吉(池ノ内青観 役)や岡田嘉子(志乃 役)の演技や魅力、情に弱くて気っぷの良い姉御肌の龍野芸者・ぼたんを演じた太地喜和子の好演で、ゲストとマドンナの絶妙なバランスとなり、安心して楽しめて観る者を惹き付ける。
人を見た目で判断する事や、芸術を貨幣価値に置き換える事の愚かさ、そして人情の美しさを説得力をもって描きつつ、一本に様々な娯楽映画の魅力を詰め込みながらも、社会性・娯楽性・芸術性の三者共存が無理なく果たされている映画を軽快に撮れる事が、此の頃の山田洋次監督の偉大さだと思う。寅次郎が失恋せずに終わる希な物語は、恋愛に比重が置かれていないが、人情ドラマとして良く出来た作品で、ラストの龍野芸者・ぼたんに再会する寅次郎が柏手を打つ流れが特に素晴らしく、個人的には本シリーズで一番好きな作品であり、此の作品でシリーズが完結しても良いと思える程の完成度である。
ただ、難しい金銭や法律を物語に持ち込むのは個人的には如何だろうかと思う。池ノ内青観の序盤と終盤とでのキャラ設定の矛盾や、自分の無力さを思い知らされた末に車寅次郎がとった行動が何処か引っ掛かるし、何もお咎めなしの悪者にもスッキリしない、約束に反して寅次郎は所帯を持ってないし、色々と腑に落ちない上に、何だか騙された気がするのだが…
山田洋次監督と松竹関係者のみなさん、此の程度の恋情譚と人情噺で他力本願な拝金主義に奔走する寅次郎に満足ですか〜?