Kuuta

淵に立つのKuutaのレビュー・感想・評価

淵に立つ(2016年製作の映画)
4.0
浅野忠信の怪演もさる事ながら、後半の山上(太賀)の正体が分かってから、夫婦が全てを知るまでのヒリヒリ感が最高。「罰を受けて夫婦になった」のシーンとか、山上をビンタする所とか、あまりの状況の最悪さ、心理的な息苦しさにもだえ死にそうになった。

障害者や宗教家という設定や、それぞれの小さな欲が重なって、胸糞悪い方向にどんどん落ちていく脚本はイチャンドンを思わせる。

冒頭、蛍(篠川桃音)が通り過ぎると利雄(古舘寛治)は作業を止めて挨拶するが、章江(筒井真理子)のことは気にせず作業を止めない。食卓の配置、利雄と章江は正対せず、空いていた章江の向かいには八坂が座る。食べる音だけが響く長回しのワンカット。破綻した家庭の雰囲気を反映した食事シーンはどこか家族ゲームっぽい。

道路の白線の上を滑る蛍に、真っ白な作業着の八坂が近寄っていく。白いガードレールの間を歩く章江と八坂は、高架をくぐって川を越える。赤い紅葉あおいからのカラスの真似、赤は荒々しい動物性か。八坂の白い作業着の下から赤いシャツが現れるワンカットは彼がついに牙を剥く瞬間。これから起こるであろう混乱に思わずテンションが上がった。章江に近い青いセーターで現れる山上だが、赤いリュックを「背負っている」。

八坂という加害者に「善意」で寄り添おうとする章枝。信仰を持たない夫よりも、宗教的な贖罪の匂いがする八坂に惹かれている。小説版だと山上の前任の設楽も出所者という設定があるらしく、あの工場自体が罪を犯した人を受け入れる立ち直りの場だったようだ。

それだけに後半の山上への態度とのギャップはあまりに残酷だ。八坂を見つける、というカタルシスを与えないのも嫌らしい。何度も手を洗い、罪の意識から逃れようとする。全ての川が行き着く先としての海。蛍の表情から、章江は死への願望を読み取った?

カメラのパンや、防犯カメラ(山上が蛍に覆い被さっている所、本当にゾッとした)。シーツの向こうから八坂が現れる場面もそうだが、和製ホラー的な見せ方が随所に効いている。日本の生活の中のジトッとした不気味さを上手く映像に落とし込んでいる。

メトロノーム。爪切りの音。オルガンは消え、呻き声だけが聞こえる部屋。再び川辺に寝そべる4人…。彼らに救いを与えない神の視点(人物目線のカメラを徹底している今作だが、川辺のシーンは俯瞰になる)が入ると、冒頭の機械的なメトロノームと対照的に、娘を救おうとする荒々しい息遣いが繰り返され、暗転する。
監督は今作のインタビューで「共感できない、気持ち良くない表現は多様性を認める社会にとって大切」と語っているが、まさに受け手に解釈を委ねた不穏な幕切れといえる。

海や川の中といったイメージカットの切れ味は、イチャンドンに比べると物足りない。終盤はややごちゃついたというか、章江の苦しみが一気にクローズアップされだすものの、他の人の心理描写は置いてけぼりで、ラストも唐突な感じはした。章江一人にフォーカスしてみせたのが、「よこがお」になるのだろう。82点。
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