ボブおじさん

シラノ・ド・ベルジュラックのボブおじさんのレビュー・感想・評価

4.4
原作は、フランスの劇作家エドモン・ロスタンによって1897年に書かれた戯曲で、世界中で息の長い人気を博している。

ただひとりの女性に純愛を捧げ、その人の幸せのためならば、自らを犠牲にすることも厭わない。永遠の〝愛に殉ずる男〟の物語。

日本でも何度も舞台化されたが、この役を演じられるのは、〝当代随一の役者〟と相場が決まっている。その顔ぶれを聞けばその例えが大袈裟でないことに納得するだろう。江守徹、平幹二朗、緒形拳、仲代達矢、鹿賀丈史、吉田鋼太郎。

そんじょそこらの役者なら〝シラノ〟と聞いただけで、しっぽを巻いて逃げ出すだろう。

もちろん欧米でもシラノを演じることは役者として最大のステイタスといっても過言ではない。その理由は、普遍的なストーリーの面白さに裏打ちされた舞台劇としての完成度の高さもあるが、何と言ってもシラノの剣捌きと同時に発せられる〝雄弁な台詞回し〟にある。

シラノから発せられる知的でユーモアに溢れリズミカルな韻を踏んだ言葉の乱れ打ちが、この役が選ばれた者にしか許されない役であると言われる所以であろう。いや、それはもはや単なる台詞ではない。彼の口から発せられる言葉は、全てが詩であり比喩であり文学なのだ。

舞台劇シラノは、過去に何度も映像化されている。演じているのは、いずれも時代を代表するその国の名優たちだ。記憶に新しいところでは、2021年版でピーター・ディンクレイジがミュージカルとして新しい形のシラノを演じ話題となった。

古くは1950年のマイケル・ゴードン監督版でシラノを演じたホセ・ファーラーが第23回アカデミー賞で主演男優賞に輝く名演を見せている。個人的にはスティーヴ・マーティンが現代劇としてコミカルに演じた「愛しのロクサーヌ」も悪くはなかった。
ちなみに日本では、あの三船敏郎が演じている。

だが、やはり私にとって「シラノ・ド・ベルジュラック」と言えば、この1990年版ジェラール・ドパルデューにとどめを指す。彼こそはシラノを演じるために生まれてきた男ではないか。

フランス語に明るいわけではないが、彼の口から発せられる見事な韻を踏んだフランス語の響きの心地いいことよ😊
まごうことなき名優の絶頂期の演技は、まさに別格。

詩人にして剣豪、軍人にして哲学者、自由と勇気の男、シラノ。ただひとつ、大鼻👃を恥じる彼は自らの思いを秘して、愛しいロクサーヌと美青年クリスチャンの仲を代筆の恋文でとりもつ……。

フランスの一級のスタッフとキャストが集い、当時のフランス映画史上最高の製作費をかけて華麗に映像化された、永遠の愛の物語。

これを見なけりゃもったい無い‼︎



〈余談ですが〉
有名な最後の言葉〝C'est mon panache 〟直訳すると〝それは私の羽根飾り🪶だ〟となるが、果たしてルビは何と振られるかご注目😊

本作は、シラノの台詞を堪能する映画でもある。完全に理解するにはフランス語に堪能になるしかないが、それでも彼の言葉が名調子であることは意味が分からなくても伝わってくる。

そして自分の語学力の無さを補ってくれるのが翻訳家だ。イタリアの諺に〝翻訳家は裏切り者である〟というのがあるらしい。確かにどんな翻訳でも部分部分を切り取って批判に晒されることはよく目にする。

だが、映画の翻訳に許される文字数は、語り言葉の約4割。その範囲で趣旨をまとめて観客に伝えなければならないのに、見ている方は気楽に文字数制限無しでダメ出しする😅

この映画の様に韻を踏みながら早口で捲し立てる〝比喩とウィットに満ちた台詞〟を短い翻訳で観客に伝えることがいかに難しいかは想像を絶する。

だが、この映画の翻訳は実に見事にその仕事をやって退けている。感謝と共に尊敬に値する仕事だと思う👏👏👏


〈更に余談ですが〉
フランス人🇫🇷なら老若男女誰もが知るこの古典。日本で言えばさしずめ「忠臣蔵」だろうか?

何度も映像化されて、その度にキャストが話題になる。日本人🇯🇵が大好きな物語。
ただし大石蔵之助は、シラノのように台詞を機関銃のように連発するわけではないので、演じるハードルはだいぶ低くなるが😅

今の日本でシラノを映画化するとしたら主役は誰が演じるだろう?
「リーガル・ハイ」で早口に捲し立てる弁護士を演じた堺雅人か?
「駆込み女と駆出し男」「浅草キッド」などでシリアスとコミカルを立板に水の口上で巧みに演じた大泉洋か?
それとも……😊