塔の上のカバンツェル

はじまりへの旅の塔の上のカバンツェルのレビュー・感想・評価

はじまりへの旅(2016年製作の映画)
3.7
オススメされたので観た。

珍妙な家族の奇妙な旅路〜モノの愉快さ。
シュールな笑いで結構楽しかった。

本作のキモは、教育と社会への同化、ヴィゴモーテンセン演じる革命戦士の残骸を面白おかしく描いているとこ。

ヴィゴモーテンセン演じる主人公は、元インテリ革命戦士で、子供たちをスパルタに教育してるとこもどこか牧歌的。

左翼思想に共鳴する人以外じゃなくても、保守層を自覚する人間にとっても得体の知れない家族の珍道中としてもちゃんと楽しめる作りの確かさ。

息子が大真面目に毛沢東主義者と胸を張って言うとこは煮詰まってて笑った。

左翼的な闘争の果てに共産主義ソ連のユートピアが崩壊した冷戦後の左派の混迷に対して、保守的価値観とマジョリティ社会の圧力、それらに反発する精神を具現化した革命戦士モーテンセン。
一方で劇中に陰謀論的な言説を敢えてピックアップしている箇所もあり、理論の軸を失って思わぬ言説に陥る危うさもちゃんと示唆してたりも。
この辺は、制作サイドは西側諸国の左派的思想史と現在の地点にある程度の客観性を物語に織り込んでいるなぁと。

この映画は、かつての左翼思想の変遷を反駁するギャグと教育の在り方のぶつかり合いが楽しい。

主人公の父親の妹は普通の教育ママなんだけど、彼らの息子は俗っぽくて主人公が自分の息子に合衆国憲章マウントを決めさせるとこは、お母さんが皆良くできました!と強引にまとめるシーン。
現代の公平な視点と俗っぽい人間の量産が行われてしまう教育へのテーゼ、一方で児童虐待スレスレの主人公と子供たちの関係性。
その狭間で個性をいかに育むか、教育とはどうあるべきか、物語の本筋はここを大事にしているんだと。

なので本作のテーマは教育、副次的テーマとしての左派の闘争の現在地点を自戒する様を珍道中のユーモアでパッケージしているという。

それら政治的なテーマを意識せずに、浮世離れした家族の珍道中としての面白さも魅力なので、フラットに観れるに耐えうる作品なのも美点だと思う。

何となくイメージの中のインテリゲンツィアの象徴みたいな知識と体力で研鑽した彼らが現代の俗っぽさの中に放り込まれるのが、タイムスリップものみたいな愉快さ。

街におりてきた時代違いの彼らの様が馬鹿っぽくならずに滑稽さと現代社会へのテーゼとして機能するのは、やっぱりヴィゴモーテンセンの顔面力とジャージマッケイら俳優陣の演技力がバチクソに素晴らしいので、低俗なコメディにはなってない。

森の中の生活シーンの清涼感と瑞々しいショットの数々は、「足跡はかき消して」の美しさを感じるし、ロッククライミングのスタントは子役陣が身体を張ってるのが必見。
街の中をトラックで巡る、カントリー調の旅路も多分60,70年代のノスタルジーなんだと思う。

道路を走ってるシーンでかかる、Scotland the Braveのイカす編曲は結構好き。

ラストの"普通な"朝食シークエンスの、スパルタンな興奮から覚めて、つまらない日常に収まってしまったなぁ、という残念さが若干匂うモーテンセンのため息が絶品。
現在の革命戦士の哀愁的な。

でも、ゆっくり朝食を摂りながら、スマホとかTVとかの喧騒から始まらない朝を迎えられるの自体に現代社畜戦士たちの我々の中で、羨ましいと感じる層は多分ある程度いると思う。