アキラナウェイ

おやすみなさいを言いたくてのアキラナウェイのレビュー・感想・評価

4.4
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。

唸る。
魂がえぐられる。

報道写真家レベッカ(ジュリエット・ビノシュ)は、コンゴの紛争地域でひたすらにシャッターを切る。生前葬の様子や自爆テロの為に祈りを捧げながら大量の爆弾が女性の身体を覆う瞬間をカメラに捉える。レベッカは儀式を見届けるに飽き足らず、現場近くまで同行を求める。爆発に巻き込まれ負傷したものの、帰国したアイルランドの自宅には夫と二人の娘が彼女の帰宅を待っていた。しかし、家族の心は磨り減っていた。

この「見捨てられた土地」で起きている現実を世界に発信していく使命感と、妻として母として家族と共に生きていく家庭的責任と。その狭間で揺れる女性を描く。

冒頭12分までの自爆テロの惨劇で心は鷲掴みにされる。ドキュメンタリーを観ているかの様なリアリティ。自分自身がコンゴの村落に紛れ込んだかの様な錯覚を覚える。転じてアイルランドの情景は美しく、紛争地域との対比が際立つ。家族で過ごすシーンは綺麗で印象深い。

妻は死んでしまうかも知れない。
母はもう戻っては来ないかも知れない。
結婚してから電話を待ってばかりの生活だと夫は言う。いつも死の匂いを纏って妻が帰って来る。その心情を推し量るには余りに辛く重い。

レベッカは「もう紛争地域には行かない、報道写真家は辞める」と決め、家族と共に過ごす事を約束し、再び家族の時間が動き出す。

印象的なのは、レベッカが長女を連れてケニアの難民キャンプに向かうシーン。安全だと聞いていたが、突如鳴り響く銃声。辞めると言っていたのに、途端に報道写真家としての本能覚醒!娘を車に残し現場に向かったレベッカは夢中でシャッターを切る。その姿に辟易してしまう。もう、これは中毒だ。ジュリエット・ビノシュの演技力が凄まじい。
鬼だ。写真の鬼だ。

この事件を境に家族の心はまた離れてしまう。

彼女は抑えきれない自分=本能を理解して欲しい、許して欲しいと言うが、母性もまた本能。銃声が鳴り響いた瞬間に娘を置いてカメラを握る姿は正直理解など出来ない。ただ、彼女がいなければ、500万人もの命が消えた紛争地域の現実を伝える事が出来ないのもまた事実。

「おやすみなさいを言いたくて」という邦題は、鑑賞後、「おやすみなさいを言えなくて」であるべきだと気付く。

正解などない袋小路に僕の心も迷い込んだまま、おやすみなさい。