石川

歓喜に向っての石川のレビュー・感想・評価

歓喜に向って(1950年製作の映画)
4.5
妻との馴れ初めから終わりまでの紆余曲折が語られる、のが映画の大部分で、そこだけ見るとあまり面白くない。
面倒臭い夫婦とその仲直りを見てる感じ。どうでもいいんだ。
しかし大部分がつまらなく響かないと感じていたのにそれでもこの映画はとても面白かった。それはやはり構成にあると思う。
映画冒頭で妻の死を知らされ、そこから馴れ初めを回想する。
男は音楽家で何度も演奏シーンがあり、タイトルからしてあぁきっと最後は第九で締めるんだろうなぁとは思っていた。
あまり楽しくはない映画だとは思いながらも最後はそれっぽく締められるだろうという期待はあった。
しかし交響曲第9番の第4楽章「歓喜の歌」を演奏する前に指揮者の語った言葉がとても印象的だ。
これは歓喜への問いかけの歌だ。愉快な気分を表すのではない。もっと大きくてとてつもない歓喜だ。苦しみと絶望を超越したものであり、人間の理解を超えたものだ。
しかし言葉では説明できない、と言って説明を止め演奏に入る。
歓喜の歌が演奏され妻との思い出がフラッシュバックする時、何とも言えない、説明できない感情が込み上げてきた。
言葉とは意味や概念を伝えるためにある。しかしとてつもなく大きな感情を短い言葉で伝えるなんて不可能だ。
つまらない夫婦の物語が、まったく共感もなく退屈だったものが、名曲と共に締められることによりまとまりを持つことを予感させ、しかしそこには予想以上の感情が内包されていたことに感激した。
クラシック音楽はその時の体調や気分により受け取り方の振れ幅が大きいものだと思っている。
この映画は、良い状態で第九を聴くコンディションを整えてくれた、そのような映画だった。
石川

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