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南東から来た男の一人旅のレビュー・感想・評価

南東から来た男(1986年製作の映画)
4.0
エリセオ・スビエラ監督作。

アルゼンチンのとある精神病院で働く医師・デニスと、自称宇宙からやって来たと言う謎に満ちた患者・ランテースの交流を描いた人間ドラマ。

不可思議な雰囲気が充満した異色のアルゼンチン製人間ドラマ。精神病院で働く医師・デニスが、32人であるはずの担当患者がある日33人に一人増えていることに気づく。突然増えたその患者はランテースと名乗り、人間ではなく宇宙からやって来たと主張する。にわかには信じられないデニスだったが、次第にランテースが持つ不思議なちからを目撃していく...という“異種交流”をテーマにした作品だが、謎に満ちたランテースの正体を巡る展開はミステリータッチ。

とにかくランテースの人間離れした言動と能力が印象的な作品。感情を全く感じさせない話し方と最先端科学に精通した発言。ときどき、病院の中庭で南東の方角に向かって長時間佇み、情報を“受信”するという謎の行動。ちょっとした念力を操り、お皿やコップを手を触れずに自由に動かせる。また、弱者に対する慈しみの心が感じられ、精神病患者や貧しい人間に対してそっと手を差し伸べる。そうしたランテースの姿はキリスト的であり、本作は現代に蘇ったキリストと、信仰心を失った医師や現代社会に懊悩する人々の出会いと交流というテーマも存在する。もちろん、国民の思想を弾圧していたアルゼンチンの独裁政治からの魂の解放という意味合いもあり、ランテースは人々の抑圧された心を解放する救世主としての役割を果たしている。

そして、圧巻なのは野外コンサートのシーン。ランテースの求めに応じるように、遠く離れた患者たちが一斉に踊り狂う姿は圧倒的イマジネーション。このクライマックスは本当に素晴らしい。まさに、魂の解放を劇中最も象徴するシーンであり、狂気と絶望に満ちた閉塞的な精神病院に自由と歓びの旋風が吹き荒れる。
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