月うさぎ

トレインスポッティングの月うさぎのレビュー・感想・評価

トレインスポッティング(1996年製作の映画)
3.7
映画も音楽も時代を映す鏡。
ダニー・ボイルの名作として知られる本作は人を(観るものの知識を)選ぶ映画である。

ヘロイン
スコットランドのエディンバラ
ユアン・マクレガーのデビュー作
「人間やめますか?」
90年代の「時計じかけのオレンジ」

キーワードはこんなところか。

『Creation Stories』を観たら誰もが“トレインスポッティングの“というので、そんなに関係性が深いのかと思っていたけれど、成る程ね。
主役のアラン・マッギーを演じたユエン・ブレムナーがスパッド役でも非常に個性的だった。監督だけでなく、原作も同一、90年代のスコットランドの若者文化を背景にし、登場人物はドラッグ漬けなのも一緒。

イギー・ポップにルー・リードなど音楽センスはこの映画でも感じ取れるが、ヴィム・ベンダースのParfect Daysの方が楽曲の使い方の方が好きだったな。そもそも音楽映画ではない。ブリット・ポップを含むカルチャーをスタイリッシュに切り取ったアート映画でもない。
ドラッグにハマる若者達はカルチャーの象徴ではなく現実逃避しているだけ。その時楽しければ良い。薬が切れた時の現実が耐えられないほど退屈だから。

青春時代の特権ってなんだ?

根拠のない万能感に恍惚となり
刹那的な快楽に走り人生を無駄遣いする「贅沢」に溺れ
自己中心的価値観による視野狭窄

世の中が不景気になるとどこであっても若者はこんな生き方を始めるらしい
若者も社会の鏡なのだ 

そして、やがて終わりを告げる

当然だ。人は歳をとるからだ。

この映画を愛する人は(多分圧倒的に男が多そうだが)、破滅的人生に憧れる人だろう。
若い頃ここまでできないまま大人になっちまった自分に後悔とちょっぴり「恥」を抱えているいい歳の人間。

映画の冒頭とラスト、マーク・レントン(ユアン・マクレガー)は”Choose Life”について痛烈な皮肉を語る。最初は拒否、エンドでは受容を。

他の方のレビューから学んだ事だけれど、
この"Choose Life"は、1980年代英国政府によるアンチドラッグ・キャンペーンのキャッチコピーだったそうだ。

レントンは言う。 
こんな世の中じゃ選べる人生なんて、住宅ローンを抱えクソガキの世話に手を焼くのがせいぜいな所。

だってこの町では、職がないのだ。
失業手当で繋いだ生活費は酒とヘロインに消える。

要するに当時のイギリス社会(サッチャー政権による経済的疲弊の時代)を生々しく皮肉る映画であり、スコットランドとイングランドの格差をスコットランド人の立場から叫んでいる映画なのである。

「こんな国クソッたれだ。最低な国民、人間のカスだ。みすぼらしくて卑屈でミジメで史上最低のクズだ。みんなはイギリスをバカにするが、そのイギリスの領土だ。何の価値もない国を占領するような落ちぶれた国の子分だ。そんなドツボで新鮮な空気を吸って何になる?」 

「この国」とはスコットランドのことであり、イギリス(イングランド)は別の国と意識されている。スコットランドはイングランドの属国であるというすさまじい劣等感を表現したセリフ。

ところが日本ではこの映画、オシャレ、カッコいいと受け止められたらしい
謎!
物語としてはお決まりの「ドラッグ」「犯罪」「暴力」の3点セットが描かれているだけだし、
オシャレどころか不潔極まりない貧しさ満点の生活実態。
(ユアン・マクレガーは可愛かったけど)

確かに映像はアートを感じさせ、ポップである。
音楽の選曲もセンスがいい。
しかし雰囲気を楽しむための映画な訳ではないはず。
センスがいい事をオシャレなんて軽い言葉で置き換えて欲しくない。
いかにもイギリスらしく、政治にクレームつけたい気持ちに溢れてるじゃないですか?!

イギリスでは下々まで政治に関心を持ち、若者が政治的発言をするのが当たり前。
日本はその点真逆
米国の属国である日本の現状に、こんなにも本気に逆らってみせる若者がどこにいる?

バブルが崩壊したというのに、映画の中の貧困が想像できず、この先30年も不景気な日本で生きていく羽目になる若者が、リアルを嗅ぎ取ることもできないままに、この映画を誤解した。
この映画にあるような暴力的な反逆心が日本人にはないからだ。

この後、イギリスは経済回復を果たして日本とは立場が逆転するのだから皮肉なものだ。
スコットランドがイングランドの属国だという嘆きも主張も所詮経済次第って事。
ま、人間って結局日和見主義だね…

T2 Trainspottingという続編があるらしい。
知った途端、観なくちゃ、と思った。
この映画が嫌いじゃないって事が証明された。
月うさぎ

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