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バラベントのTnTのレビュー・感想・評価

バラベント(1962年製作の映画)
4.1
 ブラジルの土着的な領域に踏み込んだ、半分ドキュメンタリーチックなまでに感じた映画だった。外部からは決して語れない内部からの視点が、その土着的な文化に潜む闇をあぶり出す。そして人物にこれでもかと迫るカメラと人物の関係からも、当事者だから踏み込める距離感のような気概を感じる。黒人の肌のツヤと陰影が本当に芸術的。また、とにかくどの風景も映えてしまうというか、あの日差しと入道雲とヤシの葉を、あれだけ美しく描けるのはすごい。

 今作品はネオリアリズモやヌーヴェルヴァーグなど同時代の映画に影響を受けた作品で、後にリオデジャネイロ中心に起こるシネマ・ノーヴォ運動の先駆け的作品らしい。日本も松竹ヌーヴェルバーグがあったりと、この時代は国を超えて革命的な思想が広まっていたんだなぁと感心。監督のグラウベル・ローシャはゴダールとも関わりがあって「東風」に出ているとか、いずれ鑑賞したいです。

 そんなローシャによる今作品は、ある漁村を中心に進んでいく。閉鎖的で、外部を感じさせる唯一の存在が都会から戻ってきたフィルミノという男のみ。彼がこの村にいわば救世主的な役割を果たすのだが、そう一筋縄ではいかない。保守派な村の人々の諦めや、呪術によって村を支配する親方、また、都会に出て果たして仕事が得られるかという話も。またこのフィルミノとう人物像が救世主にしてはアウトローすぎて、果たして本当に救世主なのかという疑問さえ残る。自立と伝統と貧困の悪循環の間で揺れるのが今作品なのだ。
 
 また、アフリカから連れてこられた祖先を持つ黒人たちの、その呪いに近い運命。奴隷として生き続けるしかないのか?彼らの声を映画にする功績がすごいです。この問題に切り込んでこなかった映画界に一石を投じる。

 人物へのアップ、踊り、肉体の躍動。それらは黒人の体に根源的に潜むパワーであり、それらは私たち観客を圧倒する。モノクロで映し出される彼らの肌が非常に美しい陰影で映える。存在感、それはもはや大地を撮るように人物を撮る。しばし彼らの肉体は、大地と同義として現前となる。踊る人々を俯瞰で撮るのは、彼らが全体となる瞬間である(その円環で踊るつながりの強さが、絆でもあり、反対に保守的な姿にも見える)。逆に俯瞰で人物を撮るとき、そのスケール感は異常なまでにことらに迫る、さながら山を見上げるかのよう。またコタという非常に豊満な女性が、今作品では大地の女神と同義だと思われるほどに力強く色気のある姿で映し出される(特にあの会話が波にかき消されるキスシーンは、彼らを波打ち際の岩として捉えていると錯覚する)。ブラジルのサンバなどの躍動が彼らにはある。

 また、海にいかだで乗り込む、魚を捕まえる網を引っ張るなどの行為は、演技ではなく本物のようだった。あの儀式の踊りとかも非常に真実味があるというか。また網を直す手つきは本物で、ここが単なるフィクションではない、実際の問題であることを見せていると思った。

 それでいて、モノクロで描かれる灼熱のビーチはどこか空虚、「ソナチネ」に感じる虚無感を持つ。空の雄大さ、影の伸び、非常に鮮明に映る風景も、モノクロのせいか謎に虚無。彼らの躍動する踊りさえも空騒ぎかと思い違ってしまうほど。閉塞感がすごいのだ。また、フィルミノが海を見るシーンがすごかった。俯瞰で映し出される黒々とした海と白い浜とそこに同化する白いスーツのフィルミノの存在の小ささ。あの黒い海は、まさに彼らの先行きの見えなさを暗示するかのよう。「ソナチネ」以上に大胆な撮られ方が多い今作品は、やはり各々の土地柄が反映されているように思える。

 奇跡や呪術の奇妙さ、物語は寓意的な、神話的な話にもなっている。実際、今作品において呪術が果たして本物だったかどうかは判明されない。政治的な物語以上にそうした自然との関わりが強固な彼らの生活が伺える。監督が、この呪術的な考えを放棄しろと言い切っているようには思えなかった。コタがアルーアンと結ばれる時、それはほぼ神話的だったし、そうした側面を否定することはできないのだと言いたいのかもしれない。だからこそ、今作品はその天地が逆さまになるという「バラベント」の訪れを予感させるに留まる。

 曲がコロコロ変わり、編集もかなり荒っぽい、それがよい。一見粗雑とまで思われてしまうこの編集のリズムは、むしろ彼ら固有のリズムだとも思える。あの多様な楽曲を耳にするだけでなく、映像の編集にもそれが刻み込まれていると思う。この映画は、やたらと本当にブラジルの海岸にいるかのような体感を呼び起こし、久々にそうした空気感まで伝わる映画だと思った。暑い国特有のあの倦怠感、現地に行くことができない今味わえるだけで貴重な体験だ。

 ラストの曲がよい。「おお、神よ。もし金さえで回らなきゃ、誰も飢え死にしないだろう」。彼らは希望と絶望が入り混じる中で、それでも歌うのだった。彼らの歌はまさに綿花畑で歌い継がれたブルースなのだ。
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