ひこくろ

一月の声に歓びを刻めのひこくろのレビュー・感想・評価

一月の声に歓びを刻め(2024年製作の映画)
4.5
違うタイプの凄味をひとつの映画のなかに三つ用意した、とても挑戦的な映画だった。

三人の主人公の話を描いているが、それぞれの話に繋がりはないので、群像劇というよりは、むしろ連作短編映画という感じに近い。
一生忘れられないほどの心の傷を背負ってしまった三人の日常は、静かだがとても過酷だ。
それを説明しない脚本と演出が、余計にその重さをくっきりとにじませる。
静かだがとても重い。

さらに、それぞれの話では、それぞれの映画の凄味が描かれる。
「第一章 洞爺湖 中島」では、カルーセル麻紀の壮絶な一人芝居が。
「第二章 東京 八丈島」では、感情を太鼓の音とフェリーの汽笛で表現した演出が。
そして「第三章 大阪 堂島」では、赤裸々な性被害の告白の末に、ぽつんと洩らされる「なんで私が罪の意識を感じなきゃいけないんだよ」という台詞の重みが。

三人は三人ともに癒えることのない傷を背負いながらも、必死に生きようとしている。
けれど、それはずっと苦しみ続けることでもある。
救いがないと言えばない。
でも、生きるということはきっとその救いのなさを抱え続けることなのだろう。

主演を務めた前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔の三人をはじめ、海役の松本妃代、美砂子役の片岡礼子、トト・モレッティ役の坂東龍汰ら、各話の脇役もとても素晴らしい演技を見せた。
なかでも、カルーセル麻紀の演技は褒めちぎっても足りないくらいによかった。
一章のなかの、娘が死ぬまでを演じた一人芝居の迫力と奥深さ。
さらに、最終章の、まさにこの人にしかできないであろう慟哭のたまらなさ。
本当に鳥肌が立った。
体当たりの演技というのは、まさにこういうことを言うのだと思う。

構成が独特なせいなのか、宣伝や予告ではやたらと前田敦子の章ばかりが取り上げられている。
性暴力というテーマを最もわかりやすく直接的に描いているからしょうがないのかもしれない。
でも、最も重みや凄味が深かったのは、カルーセル麻紀の章だったと個人的には思った。
本気で素晴らしかった。
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