革芸之介

華岡青洲の妻の革芸之介のレビュー・感想・評価

華岡青洲の妻(1967年製作の映画)
3.8
最初の葬式の場面での若尾文子が高峰秀子を見つめる視線は憧れと尊敬の眼差しでもあるが、少し同性愛的な視線にも感じられ、家族が皆、お辞儀をしているのに若尾だけ高峰を見つめ、その視線に気づいた高峰が若尾を見つめる、この場面の切り返しショットが見事である。

しかし若尾文子の高峰秀子に対する視線は、愛憎入り混じり複雑で屈折した感情に変化していくのだが、そのきっかけは雷蔵が帰ってきた夜の若尾と高峰の寝床のシーン。画面手前で寝ている高峰に対して、画面奥の若尾の視線は明らかに最初の葬式の視線とは違うネガティヴな視線だ。

もっと凄いのは高峰が若尾を見つめる視線。雷蔵と一緒に寝なさいと若尾に言って、枕を持ち部屋を出ようとする若尾文子に対して、画面奥の高峰の顔にピントが合い、能面のような冷徹な視線で若尾文子の後ろ姿を見つめる姿はホラー映画みたいに怖い。そしてこの映画そのものが奇妙な居心地の悪さを感じさせる。

人があっけなく死に、あっけなく時が過ぎる。本作は世界で最初に麻酔薬を用いた手術を成功させた医者の偉人伝と思わせといて、でもやっぱり描きたいのはそんなことではないのだと思う。本作の一番恐ろしい視線は、綺麗事や劇的な展開を排除して、登場人物達を冷徹に見つめ、美談を否定する増村保造の視線なのかもしれない。
革芸之介

革芸之介