ひこくろ

52ヘルツのクジラたちのひこくろのレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
4.7
家族という呪いのなか、それでも生きようと藻掻く人たちの姿が終始、胸を打ってやまない。

物語は現代と過去の二つの話を並行して描いていく。
現代では母親に虐待されている少年が、過去では同じく母親から虐待されていたきこが中心人物だ。
どちらもが、言葉にできないほどの悲惨な目に遭い、逃げ場もなく、どうしようもないまま、息をしている。
誰にも打ち明けられない、孤独な苦しみ。
そこに光が射すところから物語は動き出す。

疲れ果て、すべてに絶望したきこが出会ったのは美晴と安吾。
彼らはとことんまできこに親身になり、あらゆる手を尽くして彼女を家族から解き放とうとしてくれる。
そのやさしさには限度がない。
安吾は、きこの母親の元に直接出向き、彼女から離れてくれと懇願までする。

正直、終盤まではこの安吾の態度に違和感があってしかたがなかった。
幼なじみで同性でもある美晴が親身になるのはまだわかる。
でも、安吾がきこのためにそこまでする理由がわからない。
他人のためにそこまで寄り添う安吾の姿は、どこか噓臭い。
志尊淳の演技が余計にその思いを強くさせる。

が、この違和感こそが、すべての鍵であり、この映画の肝でもある、と後で気づかされるのだ。
この仕掛けは本当に凄かった。
何もかもが腑に落ちるだけでなく、そこまでの志尊淳の演技の意味がすべて納得でき、あああって気持ちにさせられた。
それはまた、きこが抱えるのとは別の、家族の呪いの姿でもあり、胸が苦しくなった。

過去でも、現代でも、明らかになっていく事実は、どれもがやりきれなく、えげつないことばかりだ。
観ていてどんどん胸が苦しくなってくるし、耐えられない気持ちにもなってくる。
それでも、過去では安吾が、現代ではきこが、最後のぎりぎりの助けの糸となってそこにある。
それがたまらなく愛しいし、ありがたいし、やさしくて、心を震わせる。
過去に安吾から受けた「愛」を、現代のきこが少年にちゃんと与えてる、という事実がさらに胸を熱くさせる。
ほとんど全編がこんな感じなので、正直に言えば、ずっと涙ぐんでいた。

きこは、本当にさまざまな表情を見せる。
それらがすべて「きこ」というひとりの女性の個性に集約される。
杉咲花は、とんでもなく上手い女優さんになった、と心底思った。

対する家族はある意味、悪役に近いのだけど、こちらの役者の演技も素晴らしい。
毒親役の真飛聖、暴力夫役の宮沢氷魚、そして虐待する親役の西野七瀬。
誰もが本当に嫌な感じに毒々しくて、同時に弱々しくて、たまらなかった。
彼らの演技があったからこそ、救いの部分が輝いたのだとも思う。

とんでもなくえげつないし、胸糞悪いし、やりきれなさも半端ではない。
でも、そこにはちゃんとぎりぎりの救いがあって、そこを信じたいと思わせる力がある。
胸は苦しいままだけど、いい映画だった。
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