カツマ

パラダイスの夕暮れのカツマのレビュー・感想・評価

パラダイスの夕暮れ(1986年製作の映画)
4.2
これはシンプルに言うとラブストーリーである。しかも、普通に見えるラブストーリーである。あまりにもありふれた男女による、どこにでもあるように見えるラブストーリーである。だけど、この物語はとてもドラマチックだ。街角で生きる人たちによる、普通ではないラブストーリー。どんな場所でも、どんな人たちでも、惹かれ合う男女が居れば、そこにはきっと映画のような物語があった。

今作はフィンランドの巨匠、アキ・カウリスマキによる初期の代表作に位置付けられる作品である。ゴミ収集人の男とスーパーのレジ打ちの女、という生活感溢れる職を持つ二人による、不器用で無骨なドラマで、マッティ・ペロンパー、カティ・オウティネンというカウリスマキ作品を象徴する二人が主演を務めた。特にオウティネンはこれが初のカウリスマキ作品。つまりはカウリスマキのスタイルが完全に確立されたと思われるのが今作なのだろう。タイトルも最高。カウリスマキの美学が貫かれており、シュールなスパイスもどこか優しい味わいへと姿を変えた。

〜あらすじ〜

ゴミ収集人のニカンデルは、相棒と共にゴミの収集に従事する独身男。そんな折、相棒から独立して新しい会社を作ることを打診されるも、相棒は突然の心臓発作で亡くなってしまう。独立の夢が消えた彼はバーで飲んだくれ、客と喧嘩をしては独房にぶち込まれてしまう。だが、そこで出会った男がたまたま無職だったことで、彼は新しい相棒を得ることとなった。
そんな新しい相棒とのゴミ収集の道すがら、彼はいつも買い物で見かけるレジ打ちの女性イロナをデートに誘ってみた。ファッションをバシっと決めて、イロナとのデートに繰り出すも、ニカンデルが選んだ場所はビンゴ会場。イロナはそんな彼に呆れて、デートはすぐにお開きとなった。
二人はそれっきりもう会うことはないかと思われたが、イロナが仕事をクビになったことで風向きが変わって・・。

〜見どころと感想〜

アキ・カウリスマキは市井の片隅に生きる人々にスポットライトを当て、そこにドラマを見出す監督。今作はそんなカウリスマキのスタイルが完全に貫かれており、ゴミ収集人の男性とレジ打ちの女性という、我々の生活において非常に身近な人々を主人公へと押し上げた。二人ともとにかく不器用で口下手。カウリスマキのセリフ選びも抜群にウィットに富んでおり、素朴だがオシャレである。そこに添えられる音楽もまたとてもダンディーでカッコいい。カウリスマキという人の映画が長年高く評価されてきた理由がよく分かる作品となっている。

主演のマッティ・ペロンパーは44歳という若さで亡くなるまで、カウリスマキ作品の常連であり続けた。普通に見てイケメンの部類の造形なのだが、面白いほど背伸びした恋愛下手の男が似合う。相手のカティ・オウティネンは現在に至るまでカウリスマキ作品の象徴であり、常に作品内の女神でもある。オウティネンがいないカウリスマキ作品はどうも寂しい。それほどに彼女の素朴な雰囲気はカウリスマキの世界観にピッタリなのだ。少し冷たげな固い表情が和らぐ瞬間が物語のハイライト。オウティネンの雰囲気と演技こそが、カウリスマキ作品をいつものように魅力的にしてくれる。

そしてカウリスマキ作品では字幕も大きな役割を果たす。普通なら『分からない』と応えてしまいそうな場面で、カウリスマキと日本語字幕の訳者は『なぜかな』という言葉を選ぶのだ。なんて清々しいほどに情けないのだろうか。こんなにセリフが少ないのに、カウリスマキ作品のキャラクターたちは誰もが人間臭くて愛らしい。これだから彼の作品はやめられない。彼ほどに人間を面白く表現してくれる映画作家はほとんどいないだろう。パラダイスの夕暮れに待つ風景はどんな空?曇天なのに晴れている。そんな景色がいつまでも広がっていくようだった。

〜あとがき〜

自分はカウリスマキ作品がとても好きで、特に『過去のない男』以降は新作の『枯葉』を除いて全て観ています。ですが、昔の作品となるとほとんど拾えておらず、この名作もアマプラ配信の恩恵を受けての初鑑賞となりました。

カウリスマキ作品の好きなところは、なんと言ってもどこにでもいそうな人たちをドラマの主人公へと仕立ててくれること。日本の連続ドラマを見ていると、何その小洒落た職業?明らかにアイドルに当て書きしてるでしょ?みたいな設定ばかりで辟易するのです。スーパーの店長が主人公じゃダメなの?と。そこに100%以上の応えを返してくれるのがカウリスマキ。しかも、最高にほろ苦くてドラマチックで非凡でロマンチック。

まだまだアマプラに未見のカウリスマキ作品がきていたので、少しずつ観ていきたいですね。どれを観ても、彼の作品はいつもブレていないはずなので。
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