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落下の解剖学のAkoのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
3.9
ミステリーというよりはマリッジストーリーと法廷ドラマだった。
念の為、犬は最後まで生きてます!あとすごく可愛いし賢い。最優秀助演俳優賞🏆


-----------以下ネタバレ-------------


最後に結末がわかってスッキリ!という感じではなく、結婚生活の難しさと、判断材料が少ないなかで当事者以外が決断する法廷という場所の(フランスにおける)リアリティをじっくり描いている映画。

○真相について
視聴者も裁判官たちと同じくらいのヒントしか与えられておらず、何が本当なのか、誰が犯人なのか分からないまま真実を想像することになる。
だから最後までアハ体験はないけど、現実に起きている裁判のほとんどが100%の種明かしがないまま"終わる"んだろうから、人が人を裁くことのリスクを強く感じた。

ただ、真相として他の人のレビューでかなり腑に落ちたのは、夫が妻を陥れるために視力の弱い息子を利用して他殺を装った自殺を実行したという説。不自然な落下、レコーディング、張り替えられたテープ、錠剤、息子との会話。息子はそれに気づいていたのかどうか分からないけど、夫婦を一番近くで感じていた彼の視点だからこそわかる最有力説が一番事実に近いのではないかと思う。

○夫婦について
妻はかなり我の強い人間で、これフランスだとどういう受け取られ方するのかは分からないけど、日本の監督が日本のオーディエンス向けにわかりやすく作るとしたら絶対に男女逆だと思う。夫婦間の育児タスクのバランス、事故が起きた時の責任感、仕事観・仕事での成功度合いの違い。

つい最近たまたまTwitterで育児タスクや家事の分担を愚痴る夫のポストを見た。彼は自分ならすぐできると主張するタスクを妻は要領よくやれないからしんどいと言われる、明らかにタスクの分担はフェアなのに育児・家事についてのケンカが起こるから客観的な意見が聞きたい、みたいなことを言っていたけど、まさにこれだなと。

育児や結婚生活ってゼロサムゲームじゃないし、どちらかが多くこなしてるから報酬を見込めるものでもない。
ただ誰かと何かを共有して生活している以上、負担の偏りや不公平感って必ず起こるものだと思う。

今回は息子の視力が低下する原因が夫の責任範囲のタイミングにあり、それによって夫婦のパワーバランスが少し変わってしまったんじゃないかな。
贖罪として夫がより負担すべき、息子の活路を見出すべき、みたいな暗黙の了解が夫婦の中で出来上がってしまったから、夫の精神的なスペースがかなり圧迫されてこのような結末に至ったと感じた。
だからどちらが一方的に悪いとかじゃないんだけど、1番の被害者は息子であり、さらに言えば薬を飲まされた犬。塩水飲ませて一安心😮‍💨じゃなくてすぐ病院行けよまじで
あと妻の方が浮気症なのも面白いなと思う。確かに女性視点からモテそうだなという感じはした。男性から見てもかっこよくて才能があって魅力的なのかな?
いずれにせよやっぱり恋愛を自分の育児から切り離して考えられる自己中さっていうのは、ダイレクトに精神的な強さ(この場合精神を病まないという意味)に結びつくと思う。夫の方がすごく繊細だったのでは。

○法廷について
いろんな人がかなり自由に意見や仮説を述べていて、かなりストーリー的に語られているのが面白かった。ほんとに印象ゲーなのね裁判。でも人間社会において、特に家庭内の事象を裁くにおいて、これが暫定ベストなのもわかる。
一番心動いたのは息子の最後の弁論。材料が足りない時は今持ち得る情報から自分の判断をして、どこかで"終わり"を見つけないといけないというアドバイスをもとに、窓際で実際に父親がみた景色を見て、より確からしい説を選んだ。
もちろんその決断の中には、純粋な真相の想像だけでなく、これからの自分と犬との生活を実現する上でのベストチョイスはなんなんだろうというバイアスはかかっていたと思うけど、あのシチュエーションで一番慮られるべきは彼の決断だったと思うから妻は無罪になったんだと思う。

○演技について
法廷シーンはユーモアがあって面白かったし、いらないな、って思うところがなくてちゃんと作り込まれてたと思う。
全体的に演技もすごくよくて、例えば刑事は最初むかつくなと思ったけど、息子に無駄に嫌な言葉を投げかけないとか、突っ込むべきところは突っ込むとか、良い決断をするという仕事に対して真摯に見えた。弁護士はイケオジでかわいい。裁判長も淡々としてて、でも人情はあって、っていうのを言葉少ないが表情で語っていて良かった。息子がちゃんと裁判の仕組みを理解しているっていうのが最初の一言で読み取れたから、さらに発言を許したっていうのが読み取れた。

でもやっぱり一番は主人公と息子と犬の演技。
主人公はうわーこういう人いるー!!ってナチュラルに思えるし、モテるのもわかるチャーミングさがあり、性格の悪さとかも想像できる良い人間くささの塩梅だった。

息子はかなり目と涙が美しくて、私はフランス語がわからないから粗が見えないのもあると思うけど演技くささがなくて違和感ゼロだった。感情移入しちゃった。弁論の時手をまぜまぜしてるのも良かった。12歳か。。普通よりかなり賢くて大人びてるよね。

犬が具合悪いシーンはあれどうやってやってるの?演技であんな白目とか舌ベロンとかできるものなの?あのとき口元がかなり硬直してたように見えて、本気で体調が心配になった。。。硬直しすぎて人形かなと思ったもん。流石にストーリーとか映し方的に監督が犬を嫌いなわけがないから(冒頭の犬を追いかけて家を巡るシーン、最後に犬を妻に寄り添わせるシーンとか犬をキーにしたいという意志を感じる、thus犬好きだと思う)配慮して撮影してたと思いたいが、心配になるくらい演技がすごかった。オスカー!
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