藻尾井逞育

ポトフ 美食家と料理人の藻尾井逞育のレビュー・感想・評価

ポトフ 美食家と料理人(2023年製作の映画)
4.0
「料理を完成させるには文化と記憶が必要だ」
「ポトフは華やかさに欠け大衆的だがフランス的だ。伝統的な家庭料理ポトフで皇太子を魅了できるか挑戦したい」
「人はすでに持っているものを求め続けることが幸せなんだ」
「私たちは人生の秋だというの?私は去る時まで夏のまま」
「私はあなたの妻?料理人?」「料理人だ」「メルシー」

19世紀末、フランス。森の中に佇む美しいシャトーに暮らす有名な美食家ドダンと天才料理人ウージェニーが、究極のメニューを次々と創り出す。深い絆と信頼で結ばれ互いをリスペクトしているが、プロとして自立しているウージェニーは、ドダンのプロポーズを断り続けてきた。そんな二人の料理への情熱と愛の行方が描かれる。

昼食を食べ損ねたまま13:10の回を妻と見てきました⁈いきなり冒頭30分くらいほぼワンカットの長回しでの調理シーンに圧倒されました。全体を通して8割くらいが厨房と食卓のシーンで、空腹の私にはとてもこたえます。仔牛のポワレ、トサカとザリガニとクネルのクリーム煮のパイ包み、コンソメスープ、舌平目のクリームソース添え、ズアオホオジロのロースト、ノルウェー風オムレツ、メレンゲで包んだアイスクリームケーキ、そして牛の骨髄やフォアグラを乗せたポトフなどなどが私の視覚と聴覚を襲います。極めつけは洋梨のコンポート、ジュリエット・ビノッシュさんの裸体と重なりエッチだなぁ。食欲と性欲を刺激します⁈
この映画では劇中音楽がなく、ジューという肉を焼き付ける音、パイのサクッと崩れる食感、それら調理と食事の音と自然の環境音が立派なBGMであると言わんばかりです。また室内の映像も時代設定により電気がないので、自然光とロウソクやランプの明かりでまるでレンブラントの絵画のようです。映画はそんな静謐な雰囲気の中、進んでいきます。
最後、新しい料理の可能性を求めて主人公たちは飛び出して行きますが、続けて調理場をカメラでぐるりと見回した後回想シーンを挟んで映画は終わります。その後画面が暗くなると"T.N.イエン・ケーに捧ぐ"の献辞があり、始めてピアノの楽曲が流れます。トラン・アン・ユン監督の公私にわたるパートナーで、監督の数々の映画に出演し、この映画の美術・衣装も担当しているトラン・ヌー・イエン・ケーさんですね。この映画のセリフ通り、プロとして自立し、お互い相手をリスペクトしているんですね。トラン・アン・ユン監督も人生の秋に差し掛かり、普段は面と向かってなかなか言いづらい自分の相手への感謝と愛情を綴った、この映画自体が壮大なラブレターでもあるようです。