こなつ

霧の淵のこなつのレビュー・感想・評価

霧の淵(2023年製作の映画)
3.8
若手クリエイター村瀬大智監督の長編商業デビュー作。京都造形芸術大学の卒業制作作品「ROLL」が、奈良の国際映画祭で観客賞を受賞したことにより、「NARAtive」の映画プロジェクトとして制作された。河瀬直美監督が、エグゼクティブプロデューサーを務めている。

ストーリー性を求めるなら、この作品は退屈なものかもしれない。ドラマと言っても刺激的な何かが起こる訳ではない。水の音を聴き、風を感じ、草木を匂う、風光明媚な景色と人々の日々の営みを淡々と紡いでいる。私はこういうアート作品のような映像が決して嫌いではないと思いながら鑑賞。

周囲を山々に囲まれ、かつては商店や旅館が軒を並べ、登山客などで賑わっていた村。2018年人口減少率全国ワーストになってしまった奈良県南東部の静かな集落、川上村が舞台。その村に実在する「朝日館」という旅館を営むある家族の姿を描いたドラマ。

12歳のイヒカ(三宅朱莉)は、川上村で代々旅館を営む家に生まれた。父(三浦誠己)は数年前から別居、旅館に嫁いできた母の咲(水川あさみ)は、義理の父であるシゲ(堀田眞三)と旅館を切り盛りしている。そんなある日シゲが突然姿を消してしまう。旅館存続の危機を迎える中、イヒカの家族にある変化が訪れる。

オーディションで抜擢されたという主役の三宅朱莉ちゃんは、映画初主演で撮影当時12歳だったというが堂々としていて存在感があった。思春期の揺れ動く心を丁寧に演じていて好感が持てた。実力派水川あさみ、「母性」「ケイコ目を澄ませて」の三浦誠己、「水戸黄門」でお馴染みの堀田眞三などのベテラン俳優陣の安定した演技が物語を引っ張る。水川あさみが凛とした旅館の女将でありイヒカに寄り添う母を好演。

農地が皆無のこの地では、吉野杉で有名な吉野林業という自然の資源で生活が成り立っている。そんな美しい村も中心地がダムに沈み廃屋化してしまった今、訪れる人も少なく、風情ある旅館の佇まいも寂しく映る。道を跨いで両側に立つ「朝日館」。昔はどんなに賑わっていたことだろう。それでも残った人々は、粛々と毎日を生きている。永遠なんてないけれど、忘れたくない美しい姿をしっかり守りながら。

旅館で家族の食事シーンが何度も出てくる。三度三度、ご飯に味噌汁、焼き魚に卵焼きや煮物、和物、旅館らしいメニューがあまりに美味しそうで、過疎化に見舞われて寂しい村であっても、山の幸と美味しい水に恵まれた食材の宝庫なのだとあらためて感じる。

川上村に魅せられて写真集を出しているスチール写真専門の写真家・百々武さんが本作で初めてムービー撮影に挑んでいる。写真家としての目で追う村の映像はとても美しく、いつまでも心に残った。
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