櫻子の勝手にシネマ

aftersun/アフターサンの櫻子の勝手にシネマのレビュー・感想・評価

aftersun/アフターサン(2022年製作の映画)
5.0
監督は本作が長編映画デビューとなるシャーロット・ウェルズ。
物語はフィクションだが、監督が家族と過ごした思い出や記憶を元にしているらしい。

31歳の父と11歳の娘が過ごしたある夏休みを描くヒューマンドラマ。
当時の父親と同じ年齢になった娘が、ビデオカメラの映像を通してかつての父親に思いを馳せる。

ソフィ(フランキー・コリオ)はアイルランドのエディンバラに母親と暮らしており、離れて暮らす父カラム(ポール・メスカル)とトルコで休暇を過ごすことになる。
その様子をビデオカメラに記録した映像が映画全体に散りばめられている。

鑑賞後、ものすごく悲しくなってしまう映画だった。
カラムは、もともと精神に少し不安定さを持っている人物だとなんとなくわかる。
セリフは少ないし説明も皆無、曖昧表現や比喩が多々あるのでストーリーは若干読み取るのが難しくテンポも遅い。
けれど決して退屈なわけではなく、少ないセリフに耳を傾け映像を注視すると、「なるほど…そういうことね」という発見がある。

本作の解釈は人それぞれだと思う。
私はこの父と娘の旅を別れの旅だと理解した。
カラムは鬱病に悩み、ソフィに隠しきれないほど苦しんでいたのではないか。
今すぐにでもこの世から消えていなくなりたい…そんな気持ちで彼は旅の後、自ら命を絶ったのだと思う。

父親がトルコで無理して買ってくれたカーペットをソフィは大人になっても大切に使っていた。
あのカーペットはカラムがなけなしの財産をはたいて買ったいわばカラムの人生最後のプレゼントだったのだろう。

本作はサブテキストに満ちた映画であり、多くを語らない一方で、それをサポートするように音楽(歌詞)が物語を彩る。
素晴らしいナンバーが沢山使われているが、中でもカラムとソフィが最後の夜にダンスを踊るシーンで流れていた曲。
1981年にリリースされた、クイーン&デビッド・ボウイの『Under Pressure』。
全英1位の世界的名曲をラストに持ってくるあたり、狙ってる感を感じなくもないが、映画と完璧にリンクして味わい深い余韻を残している。



余談だが、私が本作を観ることになったきっかけは、友人の娘さんに「この映画を観るとパパを思い出す」と言われたから。
友人は大学時代のゼミ仲間で卒業してからも家族ぐるみで交流があった。
そんな彼が亡くなったと聞いた時は思考が停止し、職場からどうやって帰宅したのか覚えていない。
彼はまだ20代という若さで妻と娘2人を残して逝ってしまった。
鬱病による自殺だった。
その彼が生前よく歌っていた曲が『Under Pressure』。
今でも彼の命日にはこの曲を聴いて、彼と楽しかった学生時代に想いを馳せている。