櫻子の勝手にシネマ

めがねの櫻子の勝手にシネマのレビュー・感想・評価

めがね(2007年製作の映画)
3.5
2007年に公開された本作は、全編与論島でロケが行われた。
小林聡美主演、荻上直子監督作品。

小林聡美主演の映画『かもめ食堂』にハマってからというもの、『マザーウォーター』『プール』『ペンションメッツア』『東京オアシス』『パンとスープとネコ日和』『コートダジュールN°10』など、ほとんど観賞。
もちろん『やっぱり猫が好き』『転校生』も忘れちゃいない。
その中でも一番好きなのが本作『めがね』だ。
携帯電話も通じない、とある海辺の地に訪れた旅人と、そこに暮らす人たちや謎の女性との関わりを描く、なんとも捉えどころのない、ゆる〜い作品である。






●ここからはあくまでも個人的な解釈なので興味のない人は☆まですっ飛ばしてね(笑)

本作はとても不思議な内容で、登場人物たちに全く生活感がないのが特徴。
まぁ…生活感がないのも無理はないのだが。
何故なら、本作に登場する人たちはすべて死者だからである。

冒頭、小さなスーツケースひとつ引きずって空港からあらわれた主人公タエコ(小林聡美)は、ほどなく浜辺にたどり着く。
不思議な色に染まる海面。これはまさに三途の川ではなかろうか。

最初はこの場所に強烈な拒否感を示しているタエコだが、そのうち頑なな心をほぐしていく。
おそらく自分が死んだという事実を認識できず戸惑っている霊が、煩悩を手放し成仏していく過程を描いているのが本作なのだろう。
彼女は映画の半ばでスーツケースを捨て、編んでいた赤いモヘア糸のマフラーを人にゆずり、最後には生活に必要不可欠な眼鏡まで失くしてしまう。
けれど、タエコの表情はなんとも清々しく晴れやかだ。
実に見事な成仏ぶりではないか。

ヨモギ(加瀬亮)は、タエコの後を追ってこの場所にやってきた。
「後を追って…」つまり、そういうことだ。

劇中で登場する、あのクセ強体操(メルシー体操)は、どうやら成仏するための修行らしい。
体操と呼ぶにはあまりに意味不明な奇妙な動きがたまらない。
タエコたちと一緒に体操しているのは、もしかすると海難事故か何かで亡くなった子供たちなのだろうか。

すでに死んでしまった人たちが、心許ない時をゆる〜く過ごす中で、唯一『めがね』をかけていない犬だけが未来へと続く生命力の象徴のような子犬を産む。
『めがね』の象徴するものって、人間が生きていくうえで染み付いてしまった先入観や偏見、あるいは欲望なのかもしれない。

タエコの成仏を手助けするのがサクラ(もたいまさこ)だ。
サクラは浜辺=賽の河原で、かき氷屋を開いている。
かき氷と引き換えに受け取るのは金銭ではない。客の大切にしているものであればなんでもいい。
種類や多寡は問わないのだ。
すなわち未だ成仏できない魂にかき氷=水を供えて煩悩を引き受ける行為に他ならない。
河原で石を積む子供を救いにやってくる地蔵菩薩の役割も考えられる。
彼女の存在する期間が救済の期間。春から梅雨までのごく短い間だ。

この死を巡る映画が何故与論で撮影されたのか。それは、この島で連綿と引き継がれてきた死生観と深く関わってくる。

美しいだけではない島、与論島を舞台にした『めがね』。
見方によっては死の匂いに満ちた、ブラックな映画だった。




☆追記…
フードコーディネーター飯島奈美さんの料理がどれもめちゃくちゃ美味しそうでたまらない。
特に大きな伊勢海老を丸ごと茹でてお皿にどん!と盛り付けた豪快さよ。
海老が大好物な私としては見てるだけで今にもヨダレが…(笑)