ひこくろ

カラオケ行こ!のひこくろのレビュー・感想・評価

カラオケ行こ!(2024年製作の映画)
4.2
(原作未読の感想です)

細かいところまで気を配って丁寧に作られた映画だなあ、と感じた。

ヤクザが中学生に歌を教わる、というまるでコントみたいな内容で、実際、はじまってからしばらくはかなりコントじみている。
基本がコメディなのと、全編が大阪弁なのが、余計にその印象を強くする。
が、観ているうちにこれがだんだんと変わってくる。

真面目に歌に取り組む狂児の姿に、中学生の聡実が徐々に心を開き、二人の間に信頼関係ができてくるからだ。
やっていることは、最初から最後までほぼ変わらないし、コミカルな会話もそのまま。
なのに、二人が信頼しあっているのがちゃんと伝わってくる。
当初コントのように見えたやり取りも、ユーモラスな親友同士の会話に見えてきて、ただの笑いではなくなるのだ。

ここら辺は脚本、演出、演技、すべてが絡みあってできた表現だと思う。
脚本では、信頼しあって初めて喧嘩するという流れが秀逸。確かに、信頼していない相手は拒絶はしても、喧嘩はしない。それを自然と感じさせる流れには唸らされた。
変にコメディ部分を強調せず、日常部分と同等に描く演出は、監督の山下敦弘の得意とするところ。
「リンダ リンダ リンダ」などで見せた上手さが存分に発揮されている。

そして演技。
胡散臭いけど真面目な面もある狂児は綾野剛にぴったり。
見てて、「ああ、綾野剛って確かに出てきたばかりの頃の魅力は、こういう得体の知れなさだったよな」と思わされた。
「紅」を熱唱するシーンのおかしさもとてもいい。
また、対する齋藤潤の、飄々としていながら弱さも頑固さもある聡実が素晴らしい。
オーディションで選ばれたそうだが、歌唱も含めて、心から納得できた。

聡実と狂児の関係性が中心にあるものの、映画はそれにとどまらず、声変わりの問題や、部活内での軋轢、ヤクザのおかしさ・怖さなど、さまざまな部分も描いていく。
それが効いて、コミカルな部分はひたすら笑えるのに、そこからもいろんな味が滲み出すようになっている。
さらに終盤は予想外に怒濤の展開で、熱くもなれるし、泣けるし、やさしい気持ちにもなれる。
聡実が声を振り絞って「紅」を絶唱するシーンなんか、本当にたまらなかった。

きっと原作自体、傑作なんだと思うけど、細かな描写を丁寧に積み重ねたことで映画も素晴らしい出来になっている。
ただ歌うだけの映画。でも、たまらない青春映画。
観終わったら、たぶんカラオケで「紅」を歌いたくなっているはずだ。
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