緩やかさ

小説家の映画の緩やかさのネタバレレビュー・内容・結末

小説家の映画(2022年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ラスト、試写室から出てきたギルス(キム・ミニ)が怪訝な表情で正面のカメラをしばらく睨む。
不満を表しているような、少し怒っているような表情なのが理由がわからず、戸惑ったまま映画が終わった。

ストーリーの整合性を求める類の作品ではないと知りつつも、ネットで検索したところ次のことを知った。

・劇中、小説家ジュニの映画として上映された映像の内容はホン・サンス監督のプライベートムービー
・なので、その中でキム・ミニと会話をしながら撮影しているのもホン・サンス監督自身
・キム・ミニに花を渡している女性はミニの実際のお母さん

なるほど。それであれば全て納得がいく。

ラストのキム・ミニがカメラに挑む表情が語るのは
(ヘアメイク、衣装など俳優としての標準装備もなく素で撮られている映像を映画として公開されて)

「監督、あんたなにしてくれてんねん」

という心の声だ。

すぐに劇中の劇場スタッフが登場し、キム・ミニはパッと役のギルスに戻ってにこやかな笑顔で終わる。

種を知ると身も蓋もないが、最初に見た時は三重くらいのメタフィクションになっていてあっけにとられた。
(「桜桃の味」のラストも思い出した)

監督がこのホームムービーを使いたかったのもよくわかるほど、虚構の中の現実の(飾り気のない)キム・ミニが美しい。
(「パリ、テキサス」の8ミリシーンの現実版とも感じた)

ほかにもいつものように虚実ないまぜな会話劇が繰り広げられていて、

ホン・サンス監督の分身のようなベテラン映画監督が、その妻に、
「最近、作風が変わったって言われるんですよ。清らかだって」と評される。

監督役は清らかさについて
「以前は強迫観念がすごかった。生き方を改めよう、それでこそ後で破滅しないでいられる。歳をとったからですかね笑」
と言うと、
(一応本作の主人公である)小説家の口の悪いジュニに
「そんなに簡単に生き方が改めれれるかしら。歳をとったから楽になりたいんでしょう?」
と諭され、監督はこれを肯定する。

その後、一行が公園で偶然会うキム・ミニ演ずるところのギルスは、雲隠れして映画に出なくなったスター女優という設定。

というように、私小説の再現ドラマというか、ホン・サンス監督の自分語りであり、(現実の浸食が大きく)もはや映画とも言えない何か、となっている。
背景をまったく知らないで観た人のピュアな感想がどうであったか聞いてみたい。(なんじゃこりゃ、だと思うけど)


タイトルは「小説家の(作った)映画」という意味。
つまり「家族輪舞曲」であり、広義では「稲村ジェーン」みたいなことだ。
ただし、本作の劇中の小説家ジュニが制作した映画は劇中の登場人物(助手の学生)に最大の賛辞を贈られている。


一応、いつもの定点観測を。

・謎ズームは無し。終盤に屋上で普通のズームアップあり。いや、普通はやらないな。なんか変な感じ。

・キャストは全員ホン・サンス作品のいつメン。久しぶりにあった親戚がみんな歳をとったなあ、という感じ。

・飲み会クラッシャーは無し。キム・ミニのギルスは酒に弱く、飲み始めると早々にテーブルに突っ伏して寝る。

・詩人のおじさんがいつブチ切れるかはらはらするが、切れない。70歳も近いということで、丸くなったみたい。ジュニ曰く「昔は本当に怖かった」と。

・酒量は4人でマッコリのボトル6本。いつものチャミスルや白ワインではなかった。作品のホームページでマッコリとタイアップしていたと知る。

監督自身による音楽が今回も素晴らしく、しかも先述のプライベートムービーに被せて流れる。ちょっと感動してしまう。


いろいろ極北すぎて本作はスコアレス。
もはやエリック・ロメールの模倣とは感じないが、面白いかというとあまり面白くない。今後もそんな予感。
「正しい日 間違えた日」と「夜の浜辺でひとり」は面白かったなー。
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