Kuuta

こころの通訳者たち~what a wonderful world~のKuutaのレビュー・感想・評価

4.0
ちょっとビックリなドキュメンタリーでした。凄かった。

かなり多層的な映画で、インセプションを見ている気分になりました。ネタバレ気味ですが、いろんな人に見てほしいですし、作品の魅力を損なうものではないので、自分なりに構造を整理しました。

①演劇「凛然グッドバイ」
耳の聞こえない人のため、ステージに「舞台手話通訳者」を上げ、セリフを手話に変えて同時上映することを前提とした作品。

②実際に3人の通訳者を加えた「凛然グッドバイ」の公演映像。通訳者は視線や体の動きを交えつつ、セリフを手話として表現していく。

③ドキュメンタリー作品「ようこそ舞台通訳者の世界へ」。3人の稽古や公演に密着し、手話を通して演劇を伝える工夫や葛藤、喜びをまとめた30分の映像。

④映画「こころの通訳者たち」(本編)
③が冒頭から最後まで流れる。エンドロールが始まったところで画面が切り替わり、場面が「シネマ・チュプキ・タバタ」へと移る。

この劇場は、目の見えない人が映画を楽しめるように、情景や演技を音声で補う「音声ガイド」を備えた日本唯一の「ユニバーサルシアター」だ。

代表の平塚氏は、③を上映するための音声ガイド作りを提案する。ポイントは、上映するのは①でも②でもなく、あくまで③である点。舞台手話通訳者が一度手話に置き換えたセリフを、音声ガイドという音声情報に再翻訳し、ドキュメンタリー作品としての魅力、熱量も乗せて伝える必要がある。セリフ→手話→音声ガイド。

当初は通訳者側に難色を示されるものの、次第に理解を得て挑戦が決まる。なぜ実際のセリフと異なる手話を使ったのか、何を省略し、何を付け足し、どんな感情を乗せているのかなど、平塚氏らは通訳者との対話を通じて意図を理解し、限られたシーンの中で、必要な情報を伝えられる言葉を考えていく。

やはり最大の白眉は、完成した本番シーンだ。ガイド音声付きの③のダイジェスト版。役者のセリフが響く中、「私」「なぜ」「未来」といった手話の「ラベル」を読み上げるナレーションを乗せる。セリフに被らないよう素早く読んだり、役者の感情が高まる場面ではあえて激しく音を重ね、聞き取りにくくしたりする。怒涛の情報のマッシュアップ。

伝わっているか不安…というか見た方が早いのは明らかだが、要はこの場面、①演劇が進行する中で、②舞台手話通訳者による視覚情報と、③ドキュメンタリーとしてのエモーション、④それらを邪魔しない形で重なる音声ガイドの情報が、物凄いスピードで同時に流れているのだ。頭パンクする。

普段われわれが映画を見るときに、演技やカメラワークや音楽など、色んなことに気を配りながら作品を楽しんでいく感覚が、文字と音の重なりとして表現され直している、なのに調和が取れている。そんな感じ。

今作が描くのは、地道な対話を通じて「伝えること」への執念だ。①から遥か遠くに来たようで、①の表現から派生した幾重もの想いが伝わる作品になっている。

例えば③の中には、舞台の終演後、通訳者たちと劇作家が会話する場面がある。ここである通訳者が使う手話は、④での平塚氏の取材シーンを経た後に見ると、実は演劇用に選んだ手話を踏まえていることが分かる。③の段階では見逃した小さな「動き」が、少し視点を変えるだけで輝きを放つ。これってめちゃくちゃ「映画」じゃないだろうか?

今日はチュプキでの年内最終上映だったそうで、終演後に出演者の方の舞台挨拶、制作秘話の披露が目の前で始まり、この人たちは一体何重に物語をリレーしていくつもりなんだと、大変クラクラしました。そして私はこの感情を文字に残すのだ。めっちゃ良かったです!
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