スローモーション男

オッペンハイマーのスローモーション男のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.8
 クリストファー・ノーランが原爆の父ロバート・オッペンハイマーを描く最新作。

 3時間という長丁場でありながら、まったく飽きさせずにアクション❗アクション❗アクション❗の連続でとてつもなく面白かったです。
 会話シーンだらけなのに、こんなにも面白いのかと驚きました。
 あと公開前に人物や時代背景の予習をたくさんしたので、ストーリーにのめり込めたのも良かったのです。

 まず良かった所は、俳優たち。全員はまり役です。
 オッペンハイマー役のキリアン・マーフィはもちろんのこと
 エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ベニー・サフディ、ケネス・ブラナー、ラミ・マレック、トム・コンティ、ケイシー・アフレック、ゲイリー・オールドマンといつものノーラン組や新顔も入り乱れ、見事なハリウッド大作になりました。

 オッペンハイマーという原爆の父と呼ばれた天才科学者の意外な人物像も明らかになった。大学では実験の失敗を繰り返し、論文もそこまで評価されていない。想像力は異次元レベルですごいのに実現できない。エリートではないのです。しかも、性格も腐ってる。興味のない人は無視するし、そのくせ浮気癖がひどい。色んな女性と関係を持つ。そして、いつも微弱で自信なさげなのです。
 もっと言うとオッペンハイマーがいなくても原爆は作られたし、彼はあまり関与していない。ロスアラモス研究所の指揮を取り、日本に対して原爆を作ろうといったぐらいなんです。それなのに彼がすべての原爆開発を推進したようにされてきたことにこの映画はメスを入れているように思った。

 そんなオッペンハイマーの弱い人間性を描きながらも、人類初の核実験トリニティ実験が始まる。あの緊迫感が凄まじい。人類はとうとう太陽を産み出してしまったのだと震えました。それと同時にオッペンハイマーの栄光が絶望へと変換していくのです。

 科学者の手柄をアメリカ政府に奪われ、広島と長崎に二つの原子爆弾が投下される。その時、オッペンハイマーは何を思ったのか?そもそも彼が止めていれば良かったのではないか。それすらもできなかった彼の無視するという行動が人類のすべてを狂わせてしまった。その後の水爆開発には反対しますが、次はストローズの私見による思惑が始まる。

 クライマックスでは、なんとオッペンハイマーとストローズの戦いが始まる。無視されただけで根に持ちオッペンハイマーをソ連のスパイ、共産党員だと決めつけ聴聞会で話すストローズはアメリカの偽善を象徴しているように感じる。オッペンハイマーもストローズもアメリカの愛国心を象徴していますが、二人ともアメリカの影も映してると思います。

 僕はこの映画はフランク・キャプラの映画に似ていると思いました。『オペラハット』や『スミス都へ行く』など一般人がアメリカ政府や権力を持つものに利用されていくなか、道徳心や民主主義の素晴らしさについて説いていくあのテーマ。それをクリストファー・ノーランはアメリカの黒歴史である原爆開発をしたオッペンハイマーを主人公にして、アメリカとは何か?を語っているような気がする。
 あとスピルバーグの『シンドラーのリスト』にも近い。オッペンハイマーとオスカー・シンドラーは共通点が多い。2人とも最初はあまり好い人としては描かれておらず浮気性もある。しかし、途中からは真っ当な人間になり、自分の贖罪について考える。それはキャプラの主人公もそう。
 まあストローズとオッペンハイマーの嫉妬と愛憎の関係はアーモン・ゲートとシンドラーにも通じる。『アマデウス』もそうだけどリベラルと保守の激突としても見れるのでアメリカというものを見事に体現していました。

 最終的に、この映画は原爆開発を通して、アメリカがオッペンハイマーという一人の人物に原爆開発のすべてを追わせた責任転嫁の罪を描いているように感じました。
 だからこそ彼は何もできない人であり、周りに支えられながらもその生涯を終える。
 アインシュタインとの対話がすべてを語っている。すべては偶然という必然なのだ。

久しぶりにここまで考察したいと思った映画もない。

 クリストファー・ノーランのフィルモグラフィを見ると、毎回覚醒する男が主人公なんです。殺された妻の犯人を見つけ本当は違う人物なのに決めつけ殺しを決行する『メメント』、ハービー・デントを殺害し悪の騎士となる『ダークナイト』、今まで自分は操ってきた上層部を殺す『テネット』。
 そして『オッペンハイマー』は名もなき落ちこぼれ科学者が「原爆の父」という悪忌まれな名声を手に入れてしまうラストで終わります…。
『インターステラー』に次ぐクリストファー・ノーランの傑作になりました。
1『インターステラー』
2『オッペンハイマー』
3『インセプション』
4『ダークナイト』
5『ダンケルク』