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あのことのtkykのレビュー・感想・評価

あのこと(2021年製作の映画)
4.5
延々とアンヌを捉える視点が本作にスリリングさを与えていた。どうすることもできないアンヌの立場がただ画面を見ることしかできない観客の立場と重なり、外から彼女を眺めるというよりは彼女と一緒にライドしているような感覚だった。

本作ではアンヌの下半身を見下ろすような場面が多い。それはアンヌの視点からのものであり、はっきりと陰毛まで見えるのにそこに性的な生々しさは無く、自分の体の一部なのに自分の人生を阻害するものであるかのように映っていた。度々映されるアンヌの下半身が終盤には異形の存在であるかのように一瞬だけ映される。その瞬間になって今まで映されていたアンヌの下半身は異物としての存在感が極に達していた。
自分の体であるはずなのに自分ではどうすることもできない苦しみを、その原因たる下半身を真正面から映す事で痛々しいほどに描いていた。

アンヌへの接し方も強烈な印象を受けた。彼女が助けを乞う医者は全員男性であり、その上同意もなしに彼女の体を触診する。今では到底考えられないことだが、その当時の男女間の格差が平然と表れていた。そして彼女と関係を持った男の自分勝手さも目に余るものがあり、こういった男性陣の姿に如何に彼女が孤独であるかがヒシヒシと伝わってきた。

中絶を扱った作品としては「17歳の瞳に映る世界」もある。この作品でも中絶直前まで映す場面があるが、本作はその一部始終を延々と映している。しかも中絶の方法が非常に危険で痛々しいのでかなりショッキングだった。そしてこの場面だけは他の場面と違う構図なため、その当時の中絶の仕方の痛々しさやアンヌの痛みの両方を第三者として強烈に突きつけられた。

題材の重さはここ最近でも1番だが、それ以外にもアンヌの表情やそれを映すカメラワークや音楽といった映画的な部分も非常に完成度が高かった。緊急避妊薬が薬局で買えない国のお偉い方々にも観てほしい。
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