eirakucho

ベルリン・天使の詩 4K レストア版のeirakuchoのネタバレレビュー・内容・結末

4.3

このレビューはネタバレを含みます

美しい質感、滑らなからカメラワーク、溢れる詩的な台詞。
世界に存在するひとりひとりが毎分毎秒思考しているのにもかかわらず、その99.9%が観測されないことに、時折寂しさを覚える。というのもそれは、自分の存在が甚だ小さくて悔しいからだけど。
天使のような観測者がいれば少しは報われる。そして自分も天使のように、ただ観て耳をすましていたいと思う。好奇心もあるが、人々のためにそうしてみたい。自分のような誰かのために、自分が聞いてあげていたい。
独り言は本当に自分に向けたものもあれば、誰かに語りかけるようなものもある。
ブランコ乗りの女性は「愛を求める心が私を不器用にさせる」と言った。彼女の独り言は誰かに聞いてほしいものだったのかもしれない。愛が手に入らないのにそれを期待するから、余計に苦しくなる。なら愛を求めなければいい、と自分を諌めるけど、それができないことは分かっている。
天使は「永遠に、でなく今この時、と言いたい」と言う。ブランコ乗りの女性は酔って歌い「今みたいに言えればいいんだけど、幸せ、と。私にも物語はある、それは続く」と言う。彼女にとって「今この時」は信じ抜けるものではない。何故なら明日も明後日も幸せでなければ、幸せなんかではないから。
彼女は終盤で「寂しさを感じたい、その時に完全な自分になれる」と言う。彼女にはこれまでの人生が、ただ流されてきたものに思えていた。束の間の幸せには手応えが感じられず、反対に寂しさを感じるときにこそ、何か真実のようなものに触れていると思えた。自分に欠けている何かが、どこかにはある、と感じられていた。
そして「今が真剣になる時。偶然はおしまい。決断のとき」と言う。ここで彼女の考え方に変化が見れるように思う。幸せ、幸せでないという二元論でなく、自分が決めた、決めてない、ということへ。
人は幸福を追求する。それは確かにそうだ。だが、ひとつひとつの決断にインスタントな幸福は伴わない。幸せかどうかを心の支えにすると、人は耐えられないのではないか。自分が決めたということが、それこそが、自分の支えになるのでは?そう感じた。

きれいに思考がまとまられたような感じもあるけど、まだ考えきれていない点もある。
彼女の考えは天使と合っているだろうか。天使は、彼女からの問いかけに答えず抱きしめた。天使は「今この時」の素晴らしさを想っている。彼女は、この先を見ているように思える。
天使は最後に「男と女」という差異が、事を運んだといったようなことを言う。もしかしたら互いの考え方は一致していないのかもしれない。
より大きな視点で見れば、それでいいのかもしれない。互いの差異を乗り越えて、違いがあるからこそ互いに影響しあって、二人は進んでいける。そういうことかな。

あとあの教授らしい老人。彼の役割、言っていることはもう一度見れば分かるだろうか。

ストーリーのことばかり追ってしまったけど、色んな好きなポイントがある。
音楽が素晴らしい。静かな映像と、インダストリアルというかポストパンクというかゴシックでノイズな音楽。さすらい、都会のアリスの音楽には時代感があったように思えたけど、こちらは普遍的な魅力があってとても好きだった。でもライブハウスでの踊り方には時代を感じて面白かった。今は同じ音でもあんな踊り方はしないだろうな。
小津安二郎の影響なのか、横滑りするカメラワークと構図の素晴らしさ。たいして詳しいことは分からないかわ、特に図書館の場面は美しい。細かく覚えていないが、Zのような軌跡でカメラが横滑りした場面があった。上階に佇む天使がさっと捉えられて、また下階にカメラが戻る。ここでカットを区切っていたら、あの図書館の広がりは味わえなかったように思う。
次々と出てくるモノローグ。とにかく多くの悩む人が出てくる。わがままな孫に悩む老夫婦から、屋上から飛び降りる若者まで。改めて人の悩みにはこんなにバリエーションがあるのだなと思う。当たり前だが、創作物の中ではメインキャラクターの心情が中心に描かれる。だが、その隣人の心情は注目に値しないか、と言われるとそんなわけがない。同列だろう。と思うのと同時に、人の脳味噌の処理能力を考えると、結局は一定以上の情報は、感情移入できる対象でなく、ただの情報になってしまうのだな、とも感じた。だから人は直線的なストーリーが好きなんだろう。自分はとても好きだったが。
モノクロ映像の美しさ。レストアも良かったのだろうか。何故モノクロはこうも美しく思えるのだろうか、と帰り道考えるきっかけになった。色彩に溢れた現実と比較して、造形に集中できるからだろうか。

好きな映画だった。良いレトロスペクティブ企画でありがたかった。
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