カツマ

ニトラム/NITRAMのカツマのレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
4.4
静寂が止まらない。ムクムクと膨れ上がり、哀しみが押し寄せたとしても、音のない時間は続いた。淡々と忍び寄る悲劇。何事もなく聴こえる悲鳴。凶弾は平熱を帯びてなお、その足音を響かせることをしなかった。ヒタヒタと崩壊していく人生。その結果がこの映画のクライマックスなのだとしたら、そこにどんな狂気が潜んでいたのか、分かるはずもなかった。

1996年にオーストラリアを震撼させた無差別銃乱射事件(ポート・アーサー事件)を映画化した作品で、犯人主観で物語はマイペースに進んでいく。実話ベースだが、大きな脚色もあり、その過程で起きていた小さな悲劇を段階的に盛り込んだ構造。主人公の心が少しずつ壊れていく様を分かりやすく描きつつ、真綿で首を絞め続けられるような苦しさが全編を包み込む。実際の設定とは異なるところも多いが、映画という物語化された作品としては珠玉の出来。最後のラストカットまで、この映画はずっと殺伐とした無気力を滔々と吐き出し続けていた。

〜あらすじ〜

ニトラム、と呼ばれるその青年は、幼い頃から精神疾患があり、大人になっても花火で遊んでは隣人から煙たがられるような存在。父はそんな彼に優しく接しようと努力するも、母は彼の介護に疲弊し切っており、いつしか投げやりや家族関係が構築されていた。
そんなある日、ニトラムは海辺でサーフィンをしている男ジェイミーと出会い、サーフボードをしたいと思うようになる。だが、母が彼にボードを買ってくれるわけもなく、ニトラムは芝刈り機を持って、自分でお金を稼ごうと近所を徘徊し始める。ニトラムは当たり前のように住民たちから門前払いされるも、その過程で彼はヘレンという妙齢の女性と出会う。ヘレンはたくさんの動物たちと生活しており、大金持ちで元女優という肩書きを持っていた。芝刈り機が壊れてしまってまともに芝も刈れないニトラムだが、そんな彼をみてヘレンは芝刈り以外の仕事を頼むようになる。そして、ヘレンに気に入られたニトラムは、いつしかヘレンの家に入り浸るようになり・・。

〜見どころと感想〜

全編を通して不穏。だが、中盤のニトラムとヘレンのターンでは、最悪な未来が待っていない時間軸もあったのでは?というムードもあった。だが、そんなニトラムに襲いかかる容赦のない偶然、必然。運命はまるで最初から決まっていたかのようにカーブを描き、最悪の場所に着地する。その過程の描き方は非常に鮮やかで、過度な装飾の無さが逆に物語の救いの無さを強調させるようでもあった。

主人公を演じたのは『スリー・ビルボード』など様々な話題作でカメレオン俳優としての顔を見せてきたケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。今作での演技も絶賛されており、第74回カンヌ国際映画祭にて男優賞に輝くなど栄誉を得た。また、助演にもオーストラリアの名優ジョディ・デイヴィスを母親役に、エッシー・デイヴィスをヘレン役に起用するなど、要所要所に演技力の高い俳優を配置。相対的にも役者のレベルが全体的に高く、締まりのあるドラマを堪能することができるだろう。

孤独の堆積。あくまでそれは結果論で、実際の事件はもっと凄惨だったという記述もある。それだけに実際の犯人に同情の余地はない。が、この物語では結果までの過程を描くことに特化しているため、主人公の人間らしさにも触れることができるだろう。静寂は破られない。からこその不条理なラスト。観賞後には重く冷たい余韻がのしかかり、実話ベースであることの惨たらしさばかりが心に溜まった。

〜あとがき〜

凄惨な事件を扱っていますが、それはほんの一部。ほとんどは重いヨーロッパ映画のような殺伐とした風景が流れ続け、いつの間にか岸辺にたどり着いてしまっているような作品でした。

全てを象徴するかのような最後のカットが素晴らしかったですね。ケイレブの演技もさすが。全体的に見応えのあるドラマのような映画だったと思いました。
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