本当にお前が殺したのか。

ジェイン・ハーパーが上梓した同名小説を、ロバート・コノリー監督、エリック・バナ主演により映像化したオーストラリア製作のクライム・サスペンス。
家族を殺した後に自殺したとされる親友の葬儀に参列するため、二十年ぶりに帰郷した連邦警察官である主人公が、事件の真相に迫るとともに、彼自身がかつて殺人犯と疑われた同級生の変死事件に向き合う姿を描く。
主人公となる警察官をバナが演じているほか、キーア・オドネル、ジュネヴィーヴ・オーライリー、ジョン・ポルソンといったオーストラリアの俳優陣が集結。
物語は、親友が起こしたとされる現代パートの事件と、主人公自身が17歳の頃に起きた過去パートの事件が交互に描かれるスタイルで進行。
舞台をビクトリア州の架空の町キエワラとしているが、一年近く雨が降っていないという設定であり、その映像は、原題である『The Dry』そのままに、荒涼として渇き切ったもので、観ているこちらも喉が渇いてきそうなほど。
そのため、所謂北欧ミステリが独特のウェット感を醸し出しているのとは対照的で、オーストラリアならではの設定になっていると同時に、終盤それが生かされるシーンも登場。
何より、甘酸っぱい青春時代に起きた事件と、かたや、なんともやるせない殺伐とした現代の事件が交互に語られ、二転三転しながら真相に辿り着く様は、先が読めず、サスペンスの王道と言えるものであるし、地方都市独特の閉塞感も、よく再現されている。
派手なシーンは皆無ながら、それぞれの立場の心情が細やかに描かれており、渇いた景色のもとで繰り広げられる人間ドラマと、綿密に練られた脚本に釘付けとなる良作。

水がない。

過去の事件がきっかけで、追われる様に故郷を出ていった連邦警察官。旧友の葬儀に出るため20年ぶりに帰郷し、そこで起きた事件を調べるとともに、自らの関わった過去の事件についても改めて向き合っていく…
村社会の閉鎖性を描いていたり、主人公自身が過去の因縁に囚われていたりと、とてもジメジメ湿っぽいお話なのに、324日間も雨が降らないという大干魃に見舞われ、カラカラ乾いたオーストラリアの地域という場所設定のおかげか、妙に画面のトーンが明るい作品。
良くも悪くもいろんな意味で王道な2時間サスペンスドラマ。個人的には結構好きなタイプの良作。過去と現在を頻繁に行き来するが、過去シーンはフィルムチックな粒子感溢れる映像になっているので、シーン毎の時制はすぐわかるだろうし、登場人物の人間関係も徐々に明らかになっていくので、物語序盤はよく解らないかもしれないけど、ちゃんと観ていけば解るはず。
スクリーンで観るのはお久しぶりなエリック・バナが、とても渋くて良かった。そんな彼のプロデュースするオーストラリアの作品という事で、そこまでヒアリングが出来るわけでもない自分でもやっぱり発音や言葉の訛りがスゴいなぁ…というのがよくわかった。さらに屋外シーンでのハエを払う仕草にもオーストラリアのリアルを感じる。そして何よりも、過去編のエリーとグレッチェンを演じている女の子がとてもかわいくて綺麗だったのが1番重要なポイント。

• #2022劇場とらキチ

【幽斎の2022年ベスト・ムービー第3位作品】
ミステリー不毛の地、オーストラリアのイメージを一変させた傑作の映画化。新人とは思えない文字の力と卓越したストーリーテリングで世界中から称賛された。和風テイストのイオンシネマ京都桂川で鑑賞。

原作者Jane Harperは、イギリスのマンチェスター生まれ。オーストラリアに移住後、本作「渇きと偽り」ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーにランクイン。英国推理作家協会ゴールド・ダガー(最優秀長篇賞)等、数々の賞を受賞。同年Amazonの年間ベスト・ミステリに選出。ハヤカワ・ミステリ文庫は読了済。現在もメルボルン在住で読めば42歳の女性作家と聞いて2度驚くだろう。彼女も葬儀の出席者としてカメオ出演。

キエワラの街はメルボルンから車で約5時間と実に遠い。ミステリーでよく有る人里離れた田舎町の閉塞感が偏見を生み暴力と化す。プロットが重い為、出出しこそヘビーだが、卓越した文章力で直ぐに惹き込まれる。謎解きに重点を置かず、軽妙な語り口とオーストラリアの暑さが絶妙なバランスで飽きる事無く、一気に読み進められる。ジャンルとしてはハードボイルドだが「よくある話だけど上手く書けてる」これに尽きる。

原題「The Dry」が示す通り、本作の鑑賞には同日レビュー「炎上する大地」をご覧頂くのが一番分り易い。原作が書かれた時も危機的状況だったが、遂にと言うか2019年～2020年にオーストラリア全土を巻き込んだ、未曽有の大惨事と言える森林火災が起きてしまう。当時のScott Morrison首相が自国のエネルギー会社に忖度、いや結託して温暖化対策を怠る、国に依る人為的災害を招いた。Morrisonに勝利したAnthony Albanese首相は、2030年までに温室効果ガスを40％削減すると公約。干乾びた大地が潤いを取り戻せると良いのだが。0円なのでAmazonプライムで是非観て欲しい。

原作を忠実に再現した本作は、ナンバリング的にはドライで硬質なスリラー。オーストラリアの風土が上手く映像化され、鑑賞中も水が欲しくなる程、カラッとしてる。日本やイギリスの様なジメッと感とは違うセンテンスが、陰湿な部分が陰惨に転換した点が実に面白い(ガリレオ風(笑)。私は随分前に原作を読んだが、劇場で観て「これって北欧ミステリーだな」と。気候や風土は正反対なのに、ソウ感じた理由を考えると暑くても寒くても、その土地に根差した過酷な自然環境が、人の心まで絶望の淵へ追いやるのかと。私は地方都市の京都に生まれた事を感謝せずに居られなかった。

原作の映画化権を獲得したのは、ハリウッド・スターReese Witherspoon。最近は女優よりもプロデューサーが主戦場だが、それを地元オーストラリアを代表するプロデューサー、Bruna Papandreaが譲り受け自らの会社Made Up Storiesが製作。彼はレビュー済「ナイチンゲール」も手掛けたスリラーの名手。それを伝え聞いて主役に立候補したのが、今やオーストラリアを代表するスター、Eric Bana。女性ファンの多い彼だが、間違いなく最近ではベスト・アクターと言える存在感を見せ、男の私が観てもカッコ良い。彼は製作にも積極的に関与し、文字通り乾いた大地で孤軍奮闘する。

Robert Connolly監督はオーストラリアを代表する監督だが、日本で観れる作品が少ないのは残念極まりない。製作した「ディア マイ ファーザー」同じくEric Bana主演だが、ヒューマンドラマの佳作としてお薦め。本作ではGenevieve O'Reillyが微エロで良かった(笑)。彼女は「マトリックス リローデッド」「マトリックス レボリューションズ」出演したアイリッシュ女優。映像的に喉が乾くので、お好きなミネラルウォーターを手に御覧頂きたい。私はCrystal Geyser輸入品シャスタ産派。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意！】

映画は原作通り王道ミステリー仕立て、トリックなサプライズも無く、トリッキーなオチも無い。スリラーに理解の無い方が見れば2時間ドラマに映るかも。だが、監督もプロデューサーも主演も全てオーストラリア人だけに、祖国の描写に何の躊躇いも感じない。大地は政府の無策で干上がり、経済的に誰もが困窮してる様子が手に取る様に描かれる。経済に余裕が無ければ精神的にも余裕は無く、暇なら喧嘩するかビール飲むか。私はビールは飲まないのでエアコンの効いた部屋で読書かな(笑)。土地を荒らすカンガルーを撃つのがストレス発散など、闇の深さも感じる。

秀逸なのは謎が2つ有り、複雑に入り組んで絡まった紐の様な巧妙だけどシンプルな面白さは、上手く映像化された。現在の「ルークの事件」と過去の「エリーの事件」。2つの謎はスリラーとして堅実なレベルでシンクロするので、絡んだ紐が全て解けた時、極めてドライな結末が待ってる。Eric Banaの立ち位置も不安定で、過去の事件に関与してる不作為も描かれる事で、本当に忌まわしい過去なのかも絡み、観客も3本の紐を丁寧に解く必要に迫られる。

登場人物が狭い田舎町で限られるにも関わらず、犯人候補が次から次へと出てくる。加えてEric Banaは連邦警察の人間だが、所轄外故に本当なら事件の捜査は越権行為。それと過去の事件が掘り起こされる展開は、概ね原作と同じだが最少人物と最小要件が逆にミステリーに副作用を与え、疑心暗鬼に満ちてる。俳優の演技が原作を邪魔をしない監督の冴えた演出も光り「何も足さない」上質なスリラーが味わえる。

Eric Banaの「今のオーストラリアの現実を世界中の人に知って欲しい」と言う願いは残念だが見事に達せられた。本当の主人公はEric Banaでは無く、乾き切った大地とも言え、日本なら鳥取砂丘程度のイメージだが、罅割れた地表とか干上がった湖とか「炎上する大地」描かれた後も更に事態は深刻さを増してる事は、映像でも良く解る。それがミステリーに上手く溶け込んで、奥行き感や迫真のリアリティに華を添える。不純なモノを覆い隠す事が出来ないのは、現実のオーストラリアも映し出してる。

秀逸なのはラストの描き方。過去の事件は水没した遺体、現在の事件は干乾びた死体。月日の流れは単なる焼身自殺も、地域への大規模災害に繋がる破壊的な行為へと収斂する見事な結末。原作では単なる自殺でも、現実では「炎上する大地」と同じく、自爆テロに近い。小説「grant」シークレットの描き方が映画では拙速で分り難いが、不正を隠蔽する田舎らしいコミュニティの弊害が、真実を覆い隠すのはテンプレだけど良く出来てる。

1つの嘘が雪ダルマ式に膨らんで起きる悲劇。当時は水も豊かで水遊びした青春の象徴も、今は干乾びた単なる地面に過ぎない。2つの心象風景が希望の喪失を象徴する残酷な結末に帰結する。不都合は隠蔽する、問題の縮図は時を超え乾いた大地を呼び覚ます。最後に見つかった「鞄」、自然は容赦なく無言で真実を暴露する。「初めから希望なんて無かった」それを仄めかすラストの余韻が忘れられない。

興業的に大成功を収め、辛口の批評家も絶賛する等オーストラリアの映画賞を席巻。原作の続編「Force of Nature」ハヤカワ・ミステリ文庫「潤みと翳り」勿論読了済だが、既に続編が結構な速さで進行中。Anna Torv、Jacqueline McKenzie、Ash Ricardoと、オーストラリア女優も集結。次回も連邦捜査官Eric Banaが、今度は一転してオーストラリアの豊かな森を舞台に繰り広げるサイコ・スリラー。見逃し厳禁な一本と言えるだろう。

「私は常に誰かの一番じゃ無かった」Genevieve O'Reillyの一言が深く胸に突き刺さった。