カツマ

ディア・エヴァン・ハンセンのカツマのレビュー・感想・評価

3.8
もう雪崩のように止まらなかった。優しさでついた嘘。それが雪だるま式に巨大化し、彼は喉から手が出るほど欲しがっていたものを手に入れた。でもそれは本当の自分じゃない。真実の行動じゃない。あくまで彼の弱さが招いた事態。だとしても、彼はどこかで願いたかった。自分にメッセージを書いていた日々が遠い過去となることを、嘘の日々が真実となることを。

元々はミュージカルとして上映された同名タイトル作を映画化したのが本作である。ミュージカルでも主演を務めたベン・プラットが映画でも同じ役を演じるなど、ミュージカル版を再現しようとする努力に力が注がれている作品とも言えそうである。監督を務めたのは『RENT』や『美女と野獣』などのミュージカル映画の脚本を担当し、『ウォール・フラワー』で青春劇を撮ったこともあるスティーヴン・チョボスキー。メンタルヘルスをテーマにしつつ、因果応報を思わせるスパイスの効いた物語も魅力的な作品だった。

〜あらすじ〜

高校生のエヴァン・ハンセンは、社会不安障害を抱えており、常に周囲に溶け込めない自分へのジレンマを感じていた。母は仕事で家を空けることが多く、父は子供の頃に出て行って、家はいつもエヴァンの心情のように空っぽのまま。そんなエヴァンはセラピーの一環として、自分への手紙を書き、そこには憧れの女性ゾーイへの秘めたる想いを綴るなどしていた。
そんなある日、エヴァンは校内でコナーという、大して仲が良いわけでもない同級生に突然絡まれる。コナー(実はゾーイの兄)は何故かエヴァンの前に現れ、腕に巻かれたギブスに無理やり自分の名前を書き込むなど、奇行を振り撒いたまま去っていった。その際に『自分への手紙』をコナーに持ち去られてしまったエヴァンは気が気ではなかったが、その直後、コナーが自殺してしまったことを彼の両親から聞かされることとなる。コナーの両親はコナーのポケットに『ディア・エヴァン・ハンセン』と題された手紙が入っていたことで、エヴァンをコナーの親友だと勘違いしていて・・。

〜見どころと感想〜

ミュージカル映画であるが、ドラマ要素に軸足が寄っており、若者たちのメンタルヘルスをテーマにした硬派で現実的な物語となっている。主人公は嘘を重ねることで、なりたかった自分になっていったかのように思えるが、、という展開なので、とにかく嘘がバレるかどうかの経緯にハラハラドキドキ。社会不安障害を患う主人公の心の揺れ動きは非常にリアルで、それはときに残酷な未来を想起させる。でもきっと何かが変わった。嘘をつき、夢のような時間を過ごした彼の中で、成長できた部分はきっとあった。そう言い聞かせたくなるような、少し切なさが残る作品だった。

主演のベン・プラットは高校生という年齢ではないが、社会不安障害という役柄にはピッタリとフィットした挙動不振ぶり。ミュージカル版でも見せたであろうその歌声を発した途端、物語に魔法がかかる瞬間は感動的だ。共演には『ブック・スマート』などで高い評価を得たケイトリン・デヴァー。彼女は今後も公開作が待機中で、作品によっては一気にブレイクしていく可能性も?まだまだ楽しみな存在である。また、母親役としてジュリアン・ムーア、エイミー・アダムス、という問答無用の演技派を揃えており、その二人の演技力の高さが本作の屋台骨を支える効果を挙げていたのは間違いないだろう。

演者それぞれの歌い踊るシーンは素晴らしいのだが、ミュージカル映画としては演出がやや地味で、映画という表現方法を選んだ理由は見つけづらかった。昨今のミュージカル映画を見るに、華やかさとスピード感はやはり重要。メッセージ性が重いだけに、ミュージカル要素を緩衝的に用いる手法は効果があったのではないか、というのはあとの祭りだろうか。青春劇としては説得力があり、主人公を好きになれない点も含めて非常にリアル。苦しいからこそついた嘘、だけれども、それは苦しさの出口ではなかった、という何とも皮肉めいた作品でもありました。

〜あとがき〜

本当は劇場で観る予定だった本作ですが、アマプラでの配信開始をうけてようやくの鑑賞です。事前に予想していたよりもハードな内容で、テーマは重め。ミュージカル映画としては、もうひとインパクトほしい作品でもありました。

とはいえ、難しいテーマに真っ向から立ち向かった点と、ミュージカル版を映画の世界に持ち込もうとする努力は素晴らしい試みだったと思います。社会不安障害という病気の深刻さにも気付かせてくれた、という点でも意義深い一本だったと思いますね。
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